法 話

-心のともしび(2020年)-

1月:阿弥陀 ひかりといのちきわみなし

 「阿弥陀」というのは、インドの「無量」を意味する「amita」という言葉の発音を漢字に写したもので、漢字そのものに意味はありません。amitābhaというのが「無量光(ひかり)」で、amitāyusというのが「無量寿(いのち)」です。では、「ひかり」と「いのち」が「きわみない」とは、どのようなことなのでしょうか。
 「無量光」とは、「私の光に限りがあって、よく照らすことのできないところがあるようなら、私は仏にはならない」という誓い建てて、それを成就された阿弥陀仏のはたらきを空間的にあらわした言葉で、「智慧」を意味します。
 仏教では、私たちの迷いの心を「無明」といいますが、無明というのは本当の意味での光を持たない生き方のことです。例えば、今自分のいる部屋を真っ暗にすると、私たちがその暗闇の中でできることは、手さぐりをしながら部屋をうろうろすることだけです。そのように、光がないときの私たちの生き方は、手さぐりをしながら生きる他はありません。この手さぐりの生き方とは、自分がそれまでに経験したことや知識として身につけてきたことだけを頼りに、いろいろなことを判断して行こうとするあり方です。そうなると、いつも自分の体験だけにとらわれてしまい、物の見方が一面的になって物事の本質を見抜くことができなくなってしまいます。そして、自分の体験したことだけを後生大事に抱え込んで、それを絶対的な基準にして人生そのものを解釈するといったあり方に陥ってしまいます。
 
また無明は、文字だけを見ると「明かりが無い」ということから、闇の中を手さぐりで歩いているような状態を思い浮かべますが、そうではありません。本当のいちばん深い闇は、分かっているという思いです。自分では、間違いないとして全て分かっていると思い込み、聞き直すこともなく決して自分を振り返ることのないあり方が、無明という言葉で表されているのです。私たちは、分らないときにはそのことを問い、聴こうとしたしますが、分かっていると思ったときはそこに落ち着いてしまいます。そうすると、大事なことは分ることよりも、自分が何も分かっていないことを本当に知るということだと言えます。
  
仏法の智慧が光で表されるのは、私たちの誰もが持っている自分の体験への執着そのものを破るはたらきをするからです。この仏法の智慧というのは、あれも知っているこれも知っているということではなく、まわりがはっきりと見えるということです。そしてそのことは、同時に手さぐりをしている自分自身がはっきりと見えてくるということです。
  
見えてくるというと、何となく自分を中心にしてまわりを眺めているような印象を持つのですが、そうではなく本当に見えてくるというのは、あるがままの事実にしたがって生きていくことができるようになるということです。私たちは日々の生活において、自分の想いと現実が違うとおかしいと思ったりしますが、それがたとえ今まで自分の体験によって培ってきたものの考え方や見方を根底から覆すようなことであったとしてしても、それが事実である限り、我が身の事実として受け止め、生きてゆく勇気と情熱としてはたらくのが仏法の智慧です。
  仏法を聴くということは、智慧の光に照らされその光に包まれて生きるようになるということですが、手さぐりの生活とは、どこまでも自分の体験だけがよりどころにして生きるということです。そのときは自分自身をよりどころにして生きているような感じがするのですが、実はそうしている自分自身は少しも見えてはいません。自分自身の姿というのは、他の人と出会い関わりを持っていく中で、次第にあらわになり見えてくるようになります。それは、他の人の生き方を通して、自分の生き方が分かってくるということです。それは、自分を超えた世界にふれたとき、初めて自分の姿が見えてくるようになるということです。
 
私たちは、何も知らないのではなく、自分が知らないことを知らないまま全てを分ったつもりになっています。無明の闇の暗さとは、知らないという暗さではなく、分ったつもりになっている暗さのことで、その深い闇を破る光のはたらきに限りがないというのが「無量光」、「ひかりきわみなし」ということです。
 
次に「無量寿」ということですが、「無量光」が仏さまの智慧を表すのに対して、「無量寿」は仏さまの慈悲を表します。では、いのちに限りがないということが、慈悲を表すというのは、いったいどのようなことなのでしょうか。
  一般に「無量寿」というと、私たちはこの肉体の命が八十年とか百年というような限られたものでなく「不老不死」とか「不老長寿」といった、命が数千年とか数万年と続いていくかのような印象を持ちます。現代の科学力を駆使すれば、肉体的な面ではそのようなことも理論的には実現することが可能なのだそうです。具体的には、いちばん増殖力の活発な赤ちゃんの細胞を移植して、老化した細胞と次第に替えることを繰り返していけば、いつまでも若々しさを保つことができるそうです。
  けれども、果たして不老不死とか不老長寿といった「いつまでも死なない」ということが、私たち人間にとって本当の意味で幸せなことかというと、どうもそうとは言えないようです。なぜなら、寿命の寿という字は「ことぶき」、つまり喜ぶということですが、これは生きるということの内実に喜ぶということがともなわなければ、本当の意味でそれは生きているということにならないということを意味します。私たちは、生きていく中で、自分の思い通りにならないことや、辛いことや悲しいことに遭ったりすると、時として死んでしまいたいと思うようなことがありますが、それではたとえ生きていても本当に生きているとはいえなくなります。
  ところで、なぜ私たちはそのように死んでしまいたいと思ったりするのでしょうか。仏教は人間の欲望をいろいろと説き明かしていますが、その一つに「三愛」ということがあります。一は「欲愛」です。これは、いろいろな物や物事などに対する愛着です。具体的には、物や地位とか名誉などに対する欲で、所有欲ということができます。二は「有愛」です。これは、自分が存在していることに対する愛着です。具体的には、いつまでも生き続けることができるようにという生存への欲です。三は「非有愛」です。これは、自分が存在しなくなることへの愛着です。具体的には、自分がこの世に生き続けることを拒否したい欲のことで、仏教では自殺をこの非有愛という言葉で押さえます。一般に自殺は自己を放棄することのようにとらえられがちですが、自分を放棄するので、あればあえて死ぬ必要はありません。成り行きにまかせて、無気力なままに生きればそれでよいからです。けれども、自ら死ぬというのは、実は自己主張なのです。今の自分の状態・状況を受け入れることはできないとして、この納得できないあり方のまま生き続けていくことを拒むために自らの命を絶つのです。したがって、自殺は自己愛のひとつの形だといえます。つまり、人は苦しみのあまり、自らの人生のすべてを否定するという形で、自分を確保したいという心を持っているのです。これが、非有愛と呼ばれる自分に対する愛着です。
 
 そうすると、死なないことがそのまま喜びと重なるとかというと、そうとはいえなくなります。生きていることに喜びがともなわなければ、むしろ死ねないことは苦痛になってしまうからです。死なないということは、終わりがないということです。私たちは、どんなに苦しいことがあっても、終わりがあるということで救われる面があるのですが、その苦しみに終わりがなくなれば、いつまでも耐えられない苦痛にさいなまれ続けることになります。
 このような意味で、地獄こそが長生不死の世界なのです。なぜなら、地獄では多くの責め苦にあってようやく死んでも、すぐに生き返ってまた一から責めさいなまれ、絶え難い苦悩が限りなく続いていくからです。したがって、生きていることに喜びがともなわなければ、長生不死はけっして喜ばしいものにはならないのです。
 この生きていることの喜びというものは、孤独な中にあると出てくるということはありません。必ず「共に喜ぶ゛」というかたちをとります。源信僧都は地獄について「われいま帰るところなし。孤独にして無同伴なり」といわれます。どんなに嬉しいことがあっても、それを共に喜んでくれる人がいなければかえって空しくなりますし、どんなに悲しくても共に語り合える人がいれば耐えていくこともできます。つまり、生きていることの喜びは、けっして孤独というところにはないのです。
  
仏さまの寿命が無量だということは、どこか遠いところに仏さまがいらっしゃり、その仏さはいのちに限りがないというようなことではありません。寿命が無量だということは、私のために願い私がその仏さまの願いに目覚めるまではたらき続けてくださるということなのです。そして、そういう働きに頷くことができたときに、親鸞聖人が「「親鸞一人がためなり」とおっしゃったように、「無量寿」が慈悲として感じられるようになるのです。
 
そうすると、「無量寿」ということは、私の命が限りなく続いていくということではなく、多くの人びとに生きる勇気を与え、生きる喜びを与え続けていくはたらきに限りがないということが「いのちきわみなし」ということだといえます。
 

 2月: 正しい施しは報いを願わない
 最近広まった「節分の夜に、恵方に向かって願い事を思い浮かべながら丸かじり(丸かぶり)し、言葉を発せずに最後まで一気に食べきると願い事がかなう」とされる恵方巻のイベントが終わると、いよいよ2月14日のバレンタインデーに向けて商戦に拍車がかかりますが、実はバレンタインデーにチョコレートを贈るのは日本だけだそうです。
 この催しは、昭和の初期、神戸の洋菓子店がハート形のバレンタインチョコレートを発売したのが始まりです。その後、その菓子店が広告に「バレンタインデーにはチョコレートを」というコピーを掲載し、214日を「チョコレートで想いを伝える愛の日に」とした戦略が当たり、デパートやお菓子業界、コンビニなどが追随しました。あるインターネットの調査では、現在約8割の女性が「
バレンタインデーにチョコレートを贈る予定がある」という結果がでるまでに定着しています。
 
ところが、中には「バレンタインデーは嫌いだ」という女性もいたりするそうで、そういう人たちは「その日が休日だと内心ホッとする」そうです。なぜなら「義理チョコを誰にあげるか考えたり、準備したりするのが大変だから」です。確かに、本命ならともかく、義理なのに気を使う上にお金も使う。でも、みんながしているので、自分一人だけやめられなくて、毎年もどかしい思いをするのだそうです。近年は、それが嫌で、「自分へのご褒美」として買う人が増えているという調査結果も出ています。
 その一方、実はもらった方もそれなりに大変だったりします。なぜなら、「もらったままでは申し訳ない」という心理に着目したお菓子業界が、いつの間にか「314日はバレンタインデーのお返しをするホワイトデー」なるものを考案、喧伝したので、今ではこちらもすっかり定着した感があります。しかも、どこかで聞いた「倍返し!」なんて言葉も聞こえてきたりして、普段「大切なことは目に見えない」とか言っている彼女に、「しっかりとお返しのプレゼントを指定された」なんて人もいたとか聞くと、バレンタインデーのチョコレートが「海老で鯛を釣る」という慣用句の「海老」に見えてせつなくなったりします。
  私が園長をしているこども園でも、女の子がチョコレートを持ってきたり、翌月には男の子がそのお返しを持ってきたりする光景を目にすることがあります。幼児ですから、いずれもチョコレートやお返しの品を負担しているのは保護者です。
 園では日頃から「
見返りを求めず自分ができることを他に与えることの大切さ」、簡単に言うと「お手伝いの大切さ」を教えているのですが、義理チョコをめぐる貸借関係のような贈り物のやりとりは、それと真逆のあり方に他なりません。 
 本命チョコレートにまで口をさしはさむつもりは毛頭ありませんが、義理チョコに見られる貸借を前提とするイベントに幼児を巻き込むのはいかがなものかと思っています。なぜなら、子どもの頃から、お返し(見返り)をあてにする行為を年間行事として意識に刷り込んでしまうことは、その後の人格形成に何らかの悪影響を及ぼすかもしれないからです。ただし、個人的には、娘から父親へのチョコレートは「本命」だと信じたいと思っています。
経典の中に「和顔愛語先意承問」という言葉が説かれています。柔らかな笑顔で接し思いやりのこもった言葉を心掛けることと、「こうすれば相手が喜ぶだろう」と一方的に自分の善意を押し付けるのではなく、先ず相手の心のうちを推し量り、自分がそれをできるかどうかを自分に問い続けていくことの大切を説いている言葉です。
 決して、他に対して「自分がしてやったのだ」とか、ましてや自分の行為に対する見返りを期待するのではなく、自分と関わった人が少しでも喜んでくれたら、それを自らの喜びとして分かち合っていくようなあり方を理想としたいものです。
 3月: 恋しくば南無阿弥陀仏を称ふべし
  この言葉は、「恋しくば南無阿弥陀仏を称うべし われも六字の中にこそ住め」という言葉の前半部分で、全体を通して読むと「(私が亡くなった後に)私のことを懐かしく思ってくださるときは、南無阿弥陀仏とお念仏を称えてください。私は、いつでもあなたのお念仏(文字にすれば、ナモアミダブツと7文字になりますが、漢字で表記すると6文字なので「六字」と述べられています)の中にいますよ」という意味になります。
  一般に、亡くなられ方々のことを「先祖」という言葉で言い表すことが多いのですが、親鸞聖人の書かれたものの中には、先祖という言葉は見当たりません。では、親鸞聖人は、父母をはじめ自分の先に逝かれた血縁の方々のことをまったく気にかけておられなかったのかというと、決してそのようなことはありません。親鸞聖人においては、「諸仏」という言葉が、亡き方々のことを語る言葉となっているようです。そうすると、亡き方が諸仏となるというのは、いったいどのようなことなのでしょうか。
  年回法要などをお勤めした後、時折施主の方が「これで気持ちが晴れました」と言われることがあります。確かに、ご法事をお勤めされるに当たり、事前にいろいろと気配りをなさり、滞りなく終えられた安堵感から口にされるようにも窺える面もあるのですが、これを別の言葉で言い表すと「安らかにお眠りください」という言葉になります。それは、亡くなった人が安らかに眠っていてくださると、自分の気持ちも晴れるということです。
  年に何度か「先祖供養をお願いします」と言われる方がいらっしゃいますが、未だかつて「良いことがあったから」「嬉しいことがあったから」という理由で先祖供養をお願いされた方は皆無です。何かしら自分や家族に不都合なことがあり、その悪しき状況がなかなか改善しないことから、「見てもらったら…」と言われるのですが、とあるところで見てもらったところ「先祖供養をしていないのが不幸の原因だから、お寺に行って先祖供養の供養を…」ということのようです。こういった、亡くなられた方に対する「定期的に供養をしないと祟る存在」であるかのような理解が、年回法要を勤めたことで、「次の法要の機会までは、安らかに眠っていてくださるに違いない」という安堵感を生み、それが「気持ちが晴れる」ことに繋がっていくようです。
  けれども、親鸞聖人は亡き方々のことを「諸仏」と述べておられます。親鸞聖人にとって亡くなられた方が仏であるということは、私の生き方を離れてのことではありません。亡くなられた方が諸仏であるということは、亡くなられた方から私の生が問われ、そのことによって私が本願の教えに出会うことができた。つまり、私をして本願に出会わせる尊いご縁となったとき、亡くなられた方々は諸仏となるのです。
  このような意味で、親鸞聖人においては、単なる自分の肉親としてではなく、私を本願に出会わせてくださった尊い縁として、諸仏と仰いでいかれたのです。ですから、亡くなった人がどうなっているかということを考える場合、私を離して語っても全く意味がありません。私にとって亡くなった方が今どのような意味を持っているかよく考えてみて、私にとって亡くなった方が、自分がうまくいかないときの愚痴の種にしかならなければ、それは仏というわけにはいかないと思います。どこまでも、亡くなった人を縁として、私が念仏申す身となるというときに、亡くなった人は諸仏になるのです。
  お浄土に生まれ往くことを「往生浄土」といいますが、「往生」の往は、「往って還る」という時の往です。そうすると、お浄土に生まれて仏となられた方々はそこで安らかに眠っておられるのではなく、すぐにこの娑婆世界に還ってきて、縁ある方々を真実の世界である浄土に迎え入れんがためにはたらいておられるのです。端的には、縁ある方々の拝む心に還って来られ、念仏の声となって躍動しておられるのです。
  ですから、大切な亡き方のことを恋しく思うときには、「ナモアミダブツ ナモアミダブツ」とお念仏を称えられると、まさに一声一声の中にその方はましますのです。そう…、いつでも、どこでも、お念仏の声の中に。
 4月: 耕心田  心を耕す教えを聞こう
パーリ語で書かれた『スッタニパータ』や『サンユッタニカーヤ』に、次の話が収められています。 
  
お釈迦さまがある村で托鉢をしている時、カシー(「耕作者」)・バーラドヴァージャというバラモンが収穫した食物を配っているところに出会いました。お釈迦さまが食を受けるため、その傍らに立たれると、バーラドヴァージャはお釈迦さまに対して
 「わたしは今、こうして田を耕して種をまいている。田を耕して種をまいたあとで食べるのです。あなたも同じように田を耕し種をまいたあとで食べなさい」。
と言いました。バーラドヴァージャ
人間は額に汗してこそ食べる権利がある」と言いたかったのです。これは、世間で働く者から「生産活動もせず、仕事にもつかず、世の中を棄てて施しだけをもらおうとする」存在だとして、出家者の代表であるお釈迦さまに向けられた非難の言葉でもありました。すると、お釈迦さまは次のように答えられました。
 「私もまた田を耕し種をまいています。耕して種をまいてから食べるのです」。
けれども、バーラドヴァージャからすれば、どう見てもお釈迦さまが田を耕しているようには見えません。そこで、バーラドヴァージャは、ふたたび皮肉をこめてお釈迦さまにたずねました。
 「あなたには田を耕す道具もなく、牛もいないのに、どうやって田を耕しているというのですか。私によく分かるように話してください」。
  それに対してお釈迦さまは、次のような詩句をもって答えられました。
 
「私にとっては、信仰が種である。
 
苦行が雨である。
 
智慧がわが軛(くびき)と鋤(すき)とである。
 
(はじること)が鋤棒である。
 
心が縛る縄である。
 
気を落ち着けることがわが鋤先と突棒とである。
 
わたしは真実をまもることを草刈りとしている。
 
努力がわが牛であり、安穏の境地に運んでくれる。
 
退くことなく進み、そこに至ったならば、憂えることがない。
 
この耕作はこのようになされ、甘露の果実をもたらす。
 
この耕作が終わったならば、あらゆる苦悩から解き放たれる。」
 
それを聞き終わると、バーラドヴァージャはお釈迦さまに言いました。
 
「お釈迦さま、あなたは耕作者です。
 
お釈迦さまは甘露の果実(みのり)をもたらす耕作をなさるのですから。
 あなたはまさに倒れたものを起こし、覆われたものをあらわにし、迷ったものに道を教え、あるいは眼ある人々が物を見られるよう暗闇に灯火を掲げるように、さまざまなやり方で真理を明らかにされました。
 
私はお釈迦さまに帰依いたします。
 
真理と修行者の集いに帰依します。
 
お釈迦さま、私を在俗信者として受け入れてください。
 
これからのち命の続く限り帰依いたします」

 
 確かに、バラモンのバーラドヴァージャが言うように、毎日の仕事や家事は私たちが生きていくためには必要なことです。そして、その代表的行為として「田を耕す」ことが挙げられています。しかし、物質的に豊かな生活をすることだけが人生のすべてではありません。ここでお釈迦さまは、「田を耕す」ことになぞらえて、あらゆる苦悩を離れたさとりの世界(甘露の果実)を得るための道を歩むことの大切さを説いておられるのです。
  私たちは、日々何かに追われるように生きています。そのため毎日の忙しさのなかで、心が固く冷たい土のようになっていることもあったりします。漢字というのはよくできていると思うのですが、「忙しい」という字は左に「りっしんべん」右に「亡ぶ」と書きますが、りっしんべんは「心」ですから、まさに「心が亡んでいく」ありさまが「忙しい」ということになります。
 お釈迦さまの言われる「田を耕す」とは「心の田を耕す」ことです。それは私たちにとっては、自らを掘り返して仏法を聞いていくことであり、仏さまの光に照らされながら柔らかで温かな心を養っていくことであると味わうことができます。忙しさに追われ、心が荒んでいくうちに、やがて亡んでしまうことのないよう、仏さまの教えに耳を傾け、心の田を耕し、豊かな心で生きたいと思うことです。
 5月: 見ているよ 知っているよと 仏さま
 「見ている」「知っている」と言われると、思わず、「天知る、神知る、子知る、我知る(『後漢書』)という「楊震の四知」を思い浮かべてしまいます。楊震とは、中国の後漢の官僚です。後漢も中期を過ぎると、宦官が権力を持つようになり、多くの官僚が悪事をするようになりましたが、中には楊震のような高潔な官僚もいました。
  ある時、楊震が地方の太守に任命されて、赴任する途中で宿泊した時、夜遅くに県令の王密がひそかに尋ねてきました。王密は、楊震が以前、刺史(監察官)だった時、その学識の高さを認めて官吏に登用した者です。

  久しぶりに会ったので、二人とも話しがはずみましたが、やがて王密は懐から金十両を取りだし、楊震の前に差し出して言いました。
 「別に賄賂などではありません。ただの昔のご恩返しでございます。」
と。 すると、楊震は言いました。
 「恩返しなら、私にではなく世間に対して行えばよい。」
それに対して王密は、
 「そのように堅苦しくお考えにならずともよいではありませんか。今は夜中ですから誰も知る者などいません。」
すると、楊震は、
 「天知る、地知る、子知る、我知る、なんぞ知るもの無しといわんや(意訳:天が知っている。地も知っている。お前も知っている。私も知っている。どうして知るものがいないと言えるのか。)」
  王密は、楊震の言葉に恥じいって引き下がりました。これが、「楊震の四知」として知られている有名な言葉です。誰も見ていないと思っていても、どこで誰が見ているか分からないし、何よりも「自分の良心が賄賂を許さない」ということを楊震は言いたかったように思われます。
  けれども、今月の言葉で゜「見たり、知ったりしている」のは、私の良心ではなく仏さまです。では、仏さまが「見ている」「知っている」とは、どのようなことなのでしょうか。
  
浄土真宗の門信徒の方が日頃お勤めされる『正信念仏偈』の中に、
 我亦在彼摂取中 (我もまた彼の摂取の中にあれども)
 煩悩障眼雖不見 (煩悩に眼を障えられて見たてまつらずといえども)
 大悲無倦常照我 (大悲倦きことなくして常に我を照らしたまう)
という句があります。これは、源信僧都の教えにより光明の徳を讃えて述べられたもので、「私は阿弥陀仏の救いの中にあるのですが、私の煩悩(迷いの心)は、眼を遮っているので、阿弥陀仏の光明を直接見ることはできません。けれども、その光明を見ることができなくても、阿弥陀仏の摂取の光明は、一瞬の休みもなく、この私を照らしていてくださっている」という意味です。
  けれども、現代社会を生きる私たちは、子どもの頃から物事を科学的にとらえ考えることを教育によって無意識のうちに刷り込まれているため、仏さまが「見ている」とか、「知っている」といわれても、では「私を見ているという仏さまは、いったいどこにおられるのか」という疑念がわいてきます。実証主義的な立場から言うと、仏さまの存在が証明されなければ、仏さまが「見ている」とか、「知っている」といわれても、容易には信じ難いからです。
  その疑念に対する答えが、源信僧都の教えになります。私が仏さまを見ることができないのは、仏さまが存在しないからではなく、私が自身の煩悩によって眼を遮られ、真実の仏を見ることができないからです。
  改めて、この句を読んでみると「私は仏さまの智慧の光に包まれているのですが、私の眼は迷いによって覆われているので、真実の仏さまを見ることはできません。けれども、仏さまは常に私を明々と照らし続けていてくださいます。」と理解することができますが、では源信僧都はなぜ「仏さまの光が私を照らし続けていてくださる」と讃えることができたのでしょうか。
  「人間の眼は光そのものを見ることはできないが、光に照らされて我が身を見ることはできる」といわれます。確かに、私たちは光そのものを見ることはできませんが、光に照らされて自分の姿を見ることはできます。仏さまの光に照らされるということは、具体的にはその教えを聴くことによって実現します。また、善導大師は「仏さまの教えは鏡のようなものである」と述べておられますが、私たちは自分の眼で自分の姿を見ることができないので、鏡の前に立ち、そこに映った姿を見ます。
  仏教は、どこの誰かの話をしているのではなく、どこまでもこの私自身を明らかにしていく教えです。そうすると、私たちは仏さまの教えに耳を傾けることによって、自らの愚かさを知ることになるのですが、聞けば聞くほどに、学べば学ほどに、「これほど自分のことを確かに言い当てた言葉があってたのか」という体験を持つことになります。
  仏さまの教えを聴くことによって、仏さまはいつも私のことを見ていてくださり、本当によく知っていてくださることを実感することができるように思われます。

 6月: 一日の大切さは年齢を問わない

  数年前、ベストセラーになった『君の膵臓を食べたい』という小説を原作として実写映画化された同名の映画の中に、とても印象深いやり取りの場面がいくつもありました。その中の1つが、膵臓の病気で余命1年足らずの主人公・桜良と、その秘密を知った同級生・春樹との図書館での会話です。
春樹:残り少ない命をこんなことに使ってていいの。
桜良:じゃあ、何に使うのよ。
春樹:あるじゃん。初恋の人に会いに行くとか、海外でヒッチハイクして最後の場所を決めるとか。
桜良:そっちこそ、やりたいことしなくていいの。もしかしたら明日突然、君が死ぬかもしれないのに。
事故とかさ…。ほら、最近この辺りで通り魔事件もあるし…。
私も君も、一日の価値は一緒だよ。
  最後に、桜良がさりげなく放った「私も君も、一日の価値は一緒だよ」の一言を聞いた時、「確かに…」と頷かずにはおれませんでした。一般に、余命を宣告された人を前にすると、私たちは自分の方が長生きをするものだと漠然と思っていたりするものです。けれども、決してそんなことはないのです。物語の主人公・桜良が口にしているように、どちらが先に逝くかどうかは、実のところ誰にも分からないのです。
 なぜなら、私たちのいのちは、誰にも代わってもらうことはできませんし、やり直すこともできません。しかも、生まれた以上必ず死ななければならないのですが、それがいつということも分からないからです。そうであるにもかかわらず、私たちは、日頃「いったい自分はいつまで生きられるのだろうか」とか、「死ぬときは、どんなふうに死んで行くんだろう」といったことについて、「深く考えたりしていますか」と問われても、さしあたって深刻な病とかを患っていたりしなければ、特に考えることなどありません。
  自分に対してもそうですが、それは身近な家族に対しても同じだと思います。先日、父が亡くなりました。父は高齢(満95歳)でしたが、寝込んだりするようなこともなく、家で普通に生活をしていました。ところが、昨年の12月初旬、夜中に何度もトイレに行くことが煩わしかったためか、日中の水分補給を控えていたことから脱水症状に陥り、救急車で医療センターに緊急搬送され、そのまま入院することになりました。当初は、数日で退院するものだと思っていたのですが、そのまま歩けなくなり褥瘡を患うようになりました。また、時折高熱を発したりすることもありましたが、さしあたっていのちの危険を感じるようなことはありませんでした。
  やがて、年末には体調も改善して民間の病院に移り、歩けるまでには回復しなかったものの褥瘡の傷も癒えて、3月初旬には退院して老健施設に移りました。さらに、3月中旬には、以前から父の希望で申請をしていた介護付老人ホームに入所しました。入所して数日は家族のみ面会することができたのですが、鹿児島県内でも新型コロナウイルスの感染者が出たことから、施設内に立ち入ることができなくなってしまいました。けれども、週に一回のペースで施設の職員の方から父の様子を伝える電話連絡があったり、5月の連休中に父用の携帯電話を届けたこともあり、時折直接声を聞いたりすることもできていました。
  そんな中、父が入所してからちょうど2か月ほどになる5月19日(火)の午前3時前、電話の着信音に起こされました。スマホを手にすると、父がお世話になっている施設からでした。「父に何かあったのでは…」という不安がよぎったものの、日曜日の午前中、施設に父への届け物をした際に施設の職員の方から「元気で食欲もある」と聞いていたので、まさかと思いつつ「父に何かありましたか」と尋ねると、「お父様が息をしておられません」とのことでした。

  一瞬、思考停止状態になったのですが、耳元に聞こえてきた「今からこちらに来ていただけませんか」という声に我に帰り、急いで施設に向かいました。着いて父の部屋に通されると、まるで眠っているかのようでした。職員の方の話によれば、「普通に会話をしておられたのですが、ふと気がつくともう息をしておられませんでした」とのことで、もしかすると父も眠りについたただけで、自分が死んでしまったことに気付いていないのではないかというような穏やかな顔をしていました。間もなく施設の掛かりつけのお医者さんが来られ、死亡が確認されました。死因蘭には「老衰」と記載されていました。
  まさに、その生を完全に燃焼し尽くして浄土に往ってしまったのでした。もし何らかの病気を患い、病院で亡くなったのであれば、「あと一週間ほどですよ」とか、「あと、数日もつかどうか…」といった言葉を医師から告げられ、心の準備のようなものができたのかもしれませんが、あまりにも突然のことに呆然とする一方、自分でも不思議なくらい通夜・葬儀に向けての段取りを粛々と始めていました。
  そして、通夜の法話を生前父が70年来懇意にしていた方に依頼し終えた後、ようやく父が亡くなったことを実感し、その途端こみあげる感情のままに一人本堂で泣いていました。12月に入院してから、2月の下旬までは家族のみの面会は認められていたので、毎晩父に会いに行っていろいろなことを語り合っていました。ところが、3月から学校への休校要請が出されたことを受けて、家族への面会も禁じられてしまいました。3月中旬に老人ホームに移った時は、まだ県内での発症者がいなかったこともあり、指定された時間帯に1時間だけは面会ができていたのですが、それも県内での発症者が出たことで禁止になりました。そのため、最後に生前の父に会えたのは入所してからの数日間だけでした。また、携帯電話で話したのも数回のみでした。その時は、父はいつも「元気だ」と話していました。
  なぜ、もっと早く携帯電話を届けなかったのか。なぜ、もっと頻繁に電話をかけなかったのか…。思い返せば、もっともっと何かできたのではないかと後悔することしきりです。
  冒頭紹介した映画の中で、桜良は一時退院をして春樹に会いに向かう途中、通り魔事件に巻き込まれて亡くなってしまうのですが、そのことについて春樹は次のように語っています。
甘えていたんだ
残りわずかな余命を
彼女が全うできるものだと思い込んでいたんだ
バカだった
明日どうなるかなんて誰にもわからない
だから「今この一日をこの瞬間を大切にしなきゃいけない」って
そう彼女に教わったのに…
  明日どうなるかなんて誰にもわからない。だから「今この一日をこの瞬間を大切にしなきゃいけない」って、そう彼女に教わったのに、そのことに気付かないでいた自分に、彼女は自らのいのちの終わる姿をもって重ねて教えてくれたということでしょうか。
  私はこの映画を、映画館ではなく公開から10か月ほど過ぎてから放映されたテレビ番組を録画して見ました。録画したのは土曜日の夜だったのですが、その翌日の日曜日の午後、そしてその夜の2回続けて見ました。また、それからの1週間は、毎晩続けて見続けました。同じ映画を1日に2回見たのも初めてなら、翌日からの1週間毎晩見たのも初めてでした。見る際は、桜良の側から見たり、春樹の側から見たり…、そしてその都度いろいろなことを考えさせられました。それは、紹介した以外にも物語の随所に印象深い言葉があったからだと思います。
  私は、この映画を通して「一日の大切さ」を何度も何度も教えられ、それ故に父の入院中は毎晩のように会いに行っていたのだと思います。けれども、退院して老人ホームに移ってからは、「食欲もあり元気ですよ」との言葉を聞くうちに、いつか「その日」が来ることは漠然と思いながら、いつの間にかそれは、期待感を込めてまだしばらく先のこととして、「一日の大切さ」を忘れていたような気がしました。そんな私に、父は最後に人生の無常なることを身をもって教えてくれたように思います。
  父は高齢でしたが、改めて「一日の大切さは年齢を問わない」ことを、自らのいのちの終わりをもって教えてくれたのだと感謝することです。

 7月: 信心 生きる力となる
  浄土真宗では、親鸞聖人が「阿弥陀さまの教えは、もっぱら信心が中心であると理解しなさい」と説いておられることから、「教えの根本は信心にある」と説かれています。そのため、「信心」がとても重視されているのですが、では「その信心とはどのような心なのですか」と尋ねられると、わかりやすく説明するのはなかなか難しいようです。
  辞書で「信心」を調べると「神や仏を信じる心。また、神や仏を信じて祈ることをいう」と説明されています。浄土真宗でも、信心とはひとことで言うと「信じる心」のことですから、「仏を信じる心」、あるいは「仏を信じること」だと言えます。
では、この場合「信じる」とは、いったい何を信じるのでしょうか。御本尊は阿弥陀仏と教えられていますから、当然その対象は阿弥陀仏ということになります。
 
 そのため、浄土真宗で「信心」について語られるときは、「阿弥陀仏によって救われるのだと信じること」を前提にしているのだと考えられます。また、「信心が大切だ」ということで、日頃浄土真宗の教えを聞くと
・「阿弥陀仏を信じなさい」
・「弥陀の本願を信じなさい」
・「そのまま阿弥陀仏の大悲に救いとられていると信じなさい」
・「念仏して浄土に生まれるのだと信じなさい」
などと、教えられることになるのですが、ここで改めて自身に問いかけてみると、はたして「私は、確かに阿弥陀仏を信じている」と言い切ることができるでしょうか。言い換えると「間違いなく信心している」と言えるでしょうか。
  そうすると、誰しも不安な心に陥ってしまうのではないかと思われます。なぜなら、直接見たこともない阿弥陀仏という仏を「信じている」ということについての確証は何一つ得られませんし、阿弥陀仏の教えを信じて念仏した結果、必ず浄土に生まれるのだという喜びの心も自身の内には何ら生じていないことに気がつくからです。
 このような意味で、浄土真宗の教えに導かれている者にとって、最も避けたり逃れたりしたいことは、
「あなたは本当に信心を得ていますか」
と、徹底的に問い詰められることだと言えるのではないでしょうか。なぜなら、大半の方は自らが信心を得ているという確証を得ていませんし、心は常に煩悩によって覆われているため、そう問われると誰しも不安にならざるを得ないからです。
  けれども、これは当然のことであって、阿弥陀仏もその浄土も、私たちは見ることもふれることも出来ないのですから、自らの力でその真実の姿を目の当たりにしようとしたり、迷いに満ちた心のままで確かな信を得ようとしたりしても、それは本来無理なことなのです。
  では、私たちにとって本当に疑いなく信じることのできものとはいったい何でしょうか。それは、「病気になると死んでしまうのではないか」と心配したり、思い通りにならないことに直面すると「先祖が迷っているのではないか」とか、「何かの霊に憑りつかれているのではないか」と空間への畏れに苛まれたりするなど、臨終の瞬間まで、ただ不安におののき続ける自身の姿だといえるのではないでしょうか。
  「人間の眼は光そのものを見ることはできないが、光に照らされてわが身を見ることはできる」といわれます。仏教では、私たちの迷いの心を闇であらわし、仏さまのはたらきを光であらわします。それは、闇を破るものがまさに光だからです。
 このようなことから、仏さまの教えを聞くということは、どこかの誰かについて聞き知ることでなく、教えに照らされて、どこまでも私自身について聞き知っていくということになります。そうすると、教えを聞くことを通して、私たちは目を背けることなく、このどうしようもない愚悪なる自分の姿を限りなく見つめることが極めて重要になります。
  なぜ、私たちは愚かな自分の姿を知ることが大切なのでしょうか。人は自分の愚かさを知ることによって、絶望したりすることはないのでしょうか。
  『歎異抄』には、「阿弥陀仏の本願力は、その愚悪なる凡夫をこそ救う」と説かれています。つまり、教えを聞くことによって明らかになるのは、阿弥陀仏は「立派で賢いものを救う」ということではなく、「愚かな凡夫を救う」と誓われているということです。つまり、阿弥陀仏の教えとは、この私を救うと誓われた教えだということなのです。
  そうすると、浄土真宗の「信心」とは、「自分には揺るぎない、仏に救われた喜びに満ちた真実の心がある」と、声高らかにまくしたてることではないということが明らかになります。
  教えを聞くことによって明らかになるのは、私はどこまでも自己中心的で、不安を抱えた愚かなままで生きることしかできない…、ということであり、だからこそ救われる道は「わが名(南無阿弥陀仏)を称えよ、あなたを救う」という阿弥陀仏の本願の教えをただ信じることになるのです。このように、本願の真理が明らかになり、その真理に疑いの余地のなくなった心を親鸞聖人は「信心」といわれているのです。
 
では、その「信心」が「生きる力となる」とは、いったいどのようなことなのでしょうか。仏教では、人間を「機」という言葉で呼び、その機を「微・宜・関」の三つの言葉で教えています。
 
「機微」とは、かすかなものを持っているもの、意識よりももっと深いところにいのちそのものの願いをもっているものという意味です。そのかすかなものが、一番具体的なかたちで現れたものが「不安」です。私の意識にものぼらないくらいにかすかなものが、「今の在り方は確かか」と私の在り方を問いかけてくる、それが「不安」です。そのかすかなものはまた、「いのちの叫び」とも言い表すことができるのですが、そのいのちの叫びを自覚させてくださるのが、仏さまの教えです。
 
「機宜」とは、私に先立って同じ道を歩んでくださった方の言葉に頷いたり、感動したりすることです。私たちは、本当の意味で言葉を聞き取れた時は、感動している自分に出遇うことができます。いわば、感動してふと気づいたら、「そうだったんだ」と頷いている自身に気がつくのです。例えば、映画やTVドラマを見て感動して涙するということがあったりしますが、気がつけば感動して涙している自分に気がついたり、スポーツ観戦でサッカーのゴールシーンや野球のサヨナラホムーランが出た時など、その光景を目にした瞬間「ヤッター」と言って立ち上がっている自分に気がつくといったことと似ています。頭で頷いて感動するのではなく、感動している自分に気がつく、これが「宜」です。
 
 そして、気づいた時にはそれは必ず歩みになります。これが「機関」、いわゆるエネルギーです。歩もうと思わなくても歩まされている。頷いた事実につき動かされる、そういう存在としての私たちを仏教では「機」と呼ぶのです。まさに「信心」によって呼びさまされるこの歩みこそが、私の人生における「生きる力」になるのだと言えます。

 8月: 平和 大切なのは心の抑止力

  「平和」とは、いったいどのようなことを言うのでしょうか。国際関係においては、「戦争が発生していない状態」を意味します。確かに、人類の歴史を紐解くと、常にどこかで大なり小なりの戦争が繰り返されていることから、それが停止している状態が「平和」と定義付けられているのも分かるような気がします。
  元来、戦争は宣戦布告に始まり平和条約や講和条約の締結をもって終了し、これにより平和が到来するとされてきました。第二次世界大戦後に発足した
国際連合の憲章下では、一般に自衛権や安全保障理事会の決定に基づくもの以外の武力行使は禁止されています。この戦争の違法化により、宣戦布告をもって始まっていた伝統的な意味での戦争は認められなくなったのですが、現実にはそれ以降も武力紛争は発生しています。
  しかも、宣戦布告もないままに武力衝突が起きたり休戦協定も頻繁に破られたりしているため、次第に旧来の戦争の定義をあてはめることが困難になり、戦争と平和の時期的な区別も曖昧になっているという指摘もあります。
  また、これまでの国際秩序の維持は、あくまでも国家間での平和維持を共通目標とするもので、各国の国内の人民の安全までを保障しようとするものではありませんでした。そのため、各国内での政府権力による民衆殺戮やテロなどによる人道的危機が国際社会から見過ごされてきたのではないかという問題が指摘され、そのことから、
従来の平和創造の歴史は国家間の平和にとどまり、必ずしも人々の安全確保のためではなかったことが問題視されるなど、伝統的な平和観の変容が指摘され人間の安全保障と平和の両立が課題となっています。
  特に、国民統合が進まず政府の統治の正当性が確立されていない多民族国家や発展途上国では、周辺国など外部からの脅威に加えて国内の反体制派や分離主義者といった内部における脅威が存在し、その脅威への強権的な対応の帰結として戦争の犠牲者数を上回るほどの多くの命が政府権力の手によって奪われるような人道的危機が発生したりしています。
  その背景には、武力行使が禁止され侵略戦争は減少したものの、
国際政治での勢力拡張の様式が旧来の「侵略」や「領土併合」ではなく、自国の同盟国や友好国の数を増やすことに変化した結果、同盟国や友好国の内部で発生する非人道的行為が看過されてしまった。
② 核時代の黎明期に「平和共存」平和観が支配的になり、人権侵害を止めるための外交的圧力がかえって国際関係に緊張をもたらし核戦争にまで発展する恐れがあることから、敵対する陣営内の人権問題への干渉は互いに控えねばならなくなり、その結果人権の抑圧等を看過せざるを得ない状況に陥った。
といったことが、その理由として挙げられています。
  このように、これまでの平和論は
軍縮・軍備管理による平和
② 戦争違法化による平和
③ 経済国際主義による平和
④ 相互信頼による平和
⑤ 集団安全保障による平和
などに分類されていますが、このほかに
⑥ 民主主義による平和論
も考えられるようになっています。けれども、世界の現状は相変わらず混沌を極め、21世紀以降は国家間の戦争よりも「テロとの戦い」が大きな課題となっています。                 

  次に「抑止力」は、国際社会のバランスや核兵器などの話題になると、必ずといっていいくらい登場する言葉です。この他には、犯罪抑止力といった使い方が見られる時もありますが、その多くは政治や外交そして軍事とセットで用いられている印象が強いようです。それでは、「抑止力」とは本来はどの様な意味や使われ方があるのか、由来や類語なども絡めて考えてみます。
  まず「抑止力」の意味を調べると、以下の通りとなっています。
活動や行為をやめさせる、思い留まらせる力や行動。
② 相手に圧力をかける事で抑え込む。
③ 軍事分野では、敵国や第三国に戦争をしないよう働きかけをする行為。
  しばしば目にするのは、アメリカを中心にした国際社会におけるバランスとしての意味合いの「抑止力」という使い方で、これは端的には核や軍事力の強化が敵対する国に対する「抑止力」になるという考え方です。
 
このようなあり方については賛否の分かれるところですが、現実社会においてはこの方向で舵取りが行われています。また、身近なところでは、防犯カメラやドライブレコーダーの設置などが犯罪に対する一定の抑止力となります。
  国際社会において「抑止」には大きく分けて2つの考え方があり、一つは「懲罰的抑止」、もう一つは「拒否的抑止」です。懲罰的抑止というのは、敵対する国に対して、「もし相手を攻撃すれば自国も攻撃されてしまうと思わせること」で、攻撃の意志を挫く形の抑止です。アメリカによるいわゆる核の傘で日本を守るという考え方は、この懲罰的抑止に該当します。これに対して拒否的抑止というのは、「相手をいくら攻撃しても防がれてしまうため、敵対する国に攻撃しても無駄だと思わせること」で、攻撃の意欲を失わせる形の抑止です。ミサイル防衛や核シェルターなどがこれに該当します。

  冷戦の時代から対抗策や対抗手段として相手を封じ込めるために「核には核で」といった方法や、より巨大な力によってバランスを保とうとするあり方が主流ですが、相手の危険な力を封じ込めるために、相手と同じかそれ以上に危険な力を持とうとすることは、際限のない軍拡が続くことになり、仮にそれが暴発した際の被害は尋常ではなく、さらにそこに抑止力しての考え方を無視したテロが介在すると、とんでもないことに陥りかねません。
  端的には、お互いを牽制し軍事的均衡を保つための抑止力として蓄えられている核などが、テロリストによって自爆テロなどに利用されると、抑止力としの意味を喪失し、双方に大きなダメージを与えるだけの単なる危険な兵器になってしまうおそれがあります。これが、現在の抑止力重視の弱点や問題点だといえます。
  ところで、この「抑止力」という言葉ですが、その由来は仏教の言葉にあるとする説があります。なお、一般には「よくし」と読んでいますが、仏教で「抑止」は「おくし」と読み、意味は「抑え止める」ということで、「人々が罪業を犯しそうになるのを抑えること」をいいます。
  ただし、ここでは「平和」に対する「抑止」ですから、一般的な意味で使われていると考えられます。そうすると、この「平和 大切なのは心の抑止力」という言葉は、どのように理解すればよいのでしょうか。「抑止力」という言葉には①②③の意味があるので、この言葉は「相手の
活動をやめさせる力、思いとどまらせる力」になります。これを踏まえて、素直に読めば「平和を維持するために大切なことは、相手の戦争をしかけようとする心に圧力をかけて抑え込むことだ」という意味になります。ただし、「抑止」を仏教的な「よくし」と読めば、「平和を維持するために大切なことは、他と争おうとする自分の心を抑えることだ」という意味に理解できなくもありません。
  いす゜れにせよ、悲惨な戦争を二度と起こさないために何よりも大切なことは、人類の英知を集めて不断の努力を続けていくこと以外にないのではないかと思われます。

  9月: 迷いの目には真実は見えない
  仏教では、私たちの「迷い」のことを「無明」と言います。「無明」というと、文字の表面からは「明かりが無いこと」と読めますから、暗闇の中では何も見えないように、私たちは何もわかっていないことを物語る言葉のように受け止めてしまうのですが、そうではありません。この言葉を分かりやすく言い換えると、無明とは「すべて分かったつもりの心」ということになります。
  どのようなことかというと、私たちは自らの意識においては、何もわからないのではなく、何でも知っていると思い込んでいるということです。端的には、自分の知っていることがこの世界のすべてだと錯覚し、その間違いに全く気づいていないということだといえます。
  なぜ、私たちはそのような見方や錯覚に陥ってしまうのでしょうか。近代の歴史は、デカルトの「我思う、故に我あり」という言葉とともに始まったとも言われているのですが、私たちは生きることの根本に、常に「我思う」ということを据えて生きているからです。それは、自分の中に正しい「我」が存在し、その正しい「我」が世の中の様々な物事を見て、考えて、正しい判断を下した上で、正しいことを言い、正しいことをしていると信じているということです。
  そのため、自分以外のあらゆるものを疑っても、それらを疑っている自分自身そのものは決して疑いようのないものだと固く信じています。そして、常にその「思い」を持って、自分のまわりのすべてのものをとらえ見ようとし続けています。
 
このような生き方は、「手さぐりの生活」と言い表すことができます。どのようなことかというと、いま自分のいる部屋の明かりが全部消され、外からの光も遮断されて室内が真っ暗になってしまうと、私たちは自分の目では何も見ることができません。その時にできることと言えば、手さぐりをしながら部屋の中をうろうろすることだけです。そのように、光のないときの私たちのあり方は、手さぐりをしながら生きる他にはありません。
  つまり、ここでいう手さぐりの生活とは、自分の体験や知識だけを頼りにし、それをよりどころとして生きていくあり方のことです。そのようなあり方に終始している時、私たちは必然的に物の見方が一面的になってしまいます。そして、自分の体験や知識に執着することによって、ものごとの本質を見抜けなくなってしまうのです。
  仏典(
「六度集経」)の中に、王さまが「まだ、象を見たことがない」という目の見えない人たちに実際に象をさわらせて、その感触を尋ねたところ、その人たちはそれぞれ「立派な柱のようなもの、箒のようなもの、杖のようなもの、太鼓のようなもの、壁のようなもの、高い机のようなもの、団扇のようなもの、何か大きなかたまりのようなもの、何か角のようなもの、太い綱のようなもの」と答え、「自分の言っていることが正しい」と、言い争いを始めたという説話があります。
  この話のように、自らの体験や知識だけを後生大事にかかえ、それを絶対的な尺度にして人生を解釈してしまうと、人生という大きな象の全体像が見えず、一部を触って「象とはこんな生きものだ」というあり方に陥ってしまいます。しかも、手さぐりの生活をしているときは、暗闇の中では自分の姿が見えないように、自分では自身の姿を見ることはできません。迷いの目では、自らのすがたを見ることさえできないのですから、ましてや真実を見ることなど、絶対にできるはずなどありません。
  これに対して、仏法の智慧は光で表されます。それは、私たち一人ひとりの誰もがもっている自分の体験への執着そのものを破るはたらきをなすからです。言い換えると、仏法の智慧というのは、あのことも知っているし、このことも知っていると、知識の多さを誇ることではなく、まわりのことがはっきりと見えようになるということだといえます。それはまた同時に、手さぐりしている自分自身がはっきりと見えてくるということです。この「見える」というのは、漠然と周りの光景を眺めたりしていることではなく、それが事実であるかぎり、その事実を事実として受け止め、それにしたがって生きることができるようになるという意味です。
  手さぐりの生活をしているときは、どこまでも自分の知識や体験だけがよりどころになっています。そのため、自分では自身をよりどころにしているような気がするのですが、実はそのたよりにしている自身の姿を自分で見ることはできないままでいるのです。
  また、私たちはどこまでも真実そのものを見ることはできません。けれども、「人間の目は光そのものを見ることはできないが、光に照らされて我が身を見ることはできる」と言われます。手さぐりの生活をしてるいるときは、そのような自身の姿を見ることもできないまま、自らの体験や知識に執着して生きているのですが、仏法を聴くことによって、私たちはあるがままの自身の姿を知ると同時に、この身の事実に生かされて生きることができるようになるのだと言えます。

 10月: 思い通りにならないのが人生
 日頃、私たちは、漠然と「自分の人生は、自分の思い通りになるものだ」と信じています。そのため、何か自分の思い通りにならないことや不都合なことが起きたりすると、「おかしい」とか、「なぜ、こんなことに…」などと思ったりします。そして、そのうまく行かない理由は、自分の内にではなく、ほとんどの人が自分の外に求めようとします。端的には、「あいつのせいで…」「こいつのせいで…」などと、その責任を他に転嫁してしまうのです。このように、自分の身に起きた不都合な事実を引き受けようとせず、他に求めるあり方を仏教では「愚痴」といいます。
  確かに、誰もが自分の人生が自分の思い通りに展開すれば、それこそ素晴らしい人生を生きることができるかもしれません。だいたい私たちは、自分が不幸な出来事に見舞われることなど、誰も願ってなどいませんし、予想さえしていません。近年は、自然災害が甚大になる傾向にありますが、梅雨時期の豪雨災害や、台風の襲来による大雨・強風などによる激甚災害などが、連年のように日本の各地で発生しています。これらに加えて、今年は春から新型コロナウィルス感染症の感染拡大がやまず、それこそ地球全体を席巻しています。殊に、感染症の拡大は人々の人体だけでなく、経済を揺るがし、ウイルスに感染した人を、あろうことか非難したり差別したりする風潮が横行するなど、その心までも蝕んでいます。
  これらは、誰一人として臨んでいなかった好ましくない事柄であり、人々にとってまさに「思い通りにならない現実」だといえます。けれども、今私たちが直面している現実は、声を枯らして泣こうと叫ぼうと、決して変わることはありません。加えて、それぞれの人に起きたことは、誰も代わってくれないのです。
  「仏説無量寿経」の中に「身自らのこれをうけ、代わる者あることなし」と説かれています。これは、「人生で苦しいこと、悲しいことに出会っても、誰も代わってくれないし、自らこの苦しみ悲しみを引き受けて生きなければならない」ということですが、私という人間を生きる者は世界中でこの私しかいないのです。にもかかわらず、私たちは自分よりも良い状態にある人を見ると、「私もあの人みたいな人生だったら良いのに」と、その人をうらやみ、一方で「自分は不幸だ」と歎いたりしています。
  それもこれも、根底にあるのは「私の人生は私の思い通りになるはずだ」という思い込みです。これに対して、お釈迦さまは「人生は苦なり」と説いておられます。この「苦」とは、まさに「私の人生は思い通りにならない」ということです。それを端的に「生・老・病・死」の「四苦」と言います。気が付けば、私はすでに生まれていました。時代も環境も、性別も能力も、何ひとつ選びのないままに私として生まれ、しかも死ぬまで私を生きなければならないのです。また、年を重ねていくと若いころには特に気もしなかったことが、だんだんできなくなっていきます。当たり前と思っていたことが、いつの間にか当たり前ではなくなっていくのです。さらに、身体ばかりでなく心も病み、まさに心身共に蝕まれていきます。そして、最後には「嫌だ」と言っても死んでいかなければなりません。しかもいつどんな形で死ぬかわかりませんし、たとえいつ頃こんなふうに死にたいと思ってもほとんど叶うことはありません。
  まったくもって我が身のことでありながら、何一つとして私たちは思い通りならない人生を生きているのです。にもかかわらず、私たちはしばその現実から目を背け、漠然とした期待感を保ちながら、「私の人生は思い通りになるものだ」ということを信じています。そして、期待通りにならない事実が起きたときには、「自分が悪いのではない」と、他にその責任を転嫁することに終始しています。
  けれども、思い通りにならないのがまさに私の人生なのです。お釈迦さま教えは、そのことを私たちに気づかせると共に、私という人間を生きていくものは私以外にいないのだということを自覚せしめ、たとえ不都合なことであって、我が身の事実のすべてを引き受けていく勇気を与えてくださいます。仏教では、その勇気を「智慧」といいます。一度限りの人生を愚痴のまま終わってしまうのか、智慧をもって切り拓いていくのか。それを選ぶのも私自身です。



令和元(2019)年

平成30(2018)年

平成29(2017)年

平成28(2016)年

平成27(2015)年

平成26(2014)年

平成25(2013)年

平成24(2012)年

平成23(2011)年

平成22(2010)年

平成21(2009)年

平成20(2008)年

平成19(2007)年

平成18(2006)年





ライン