私的研究室


4.親鸞思想-「教行信証」を中心に-

1.蓮如思想と『教行信証』

 周知の通り、現在の西本願寺の(伝統的)宗学は蓮如教学を抜きにしては考えられない。端的には、「教行信証」の解釈を試みようとする場合、そこには必ず蓮如の説く「信心正因称名報恩」の義に添うことが求められている。例えば「行巻」の一番最初に「大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり」という一文がある。宗学でこの称名を衆生の称名として問題にしようとすれば、そこに真宗の信心が同時に述べられていなければ、その行の意味は完全ではないことになる。それは以後の「称名破満釈」「六字釈」「両重因縁釈」等でも同じで、ことごとく「信心正因称名報恩」の義に違うことは許されず、行と信との関係がはっきり求められることになる。
 そこでしばらく、蓮如は往生浄土の問題をどのように考えていたか。その中心問題である信心と念仏の関係について尋ねてみることにしたい。
 蓮如は、往生に関して信心と称名の問題をどのように見ていたか。まず最初の問題は、称名と往生の関係である。これについては、「信心正因称名報恩」の義が明確に打ち出されている。すなわち称名には往因を見ないのである。したがってこの見方にたって称名を問題にすると、概ね次の三つの点に注意すればよいと思われる。
 第一は、浄土真宗における「行」は称名念仏のみであり、したがって南無阿弥陀仏を称えること以外の行、及び自力の行を完全に
捨てよと言う。それゆえ、「雑行雑修自力の心をふり捨てよ」と繰り返し繰り返し述べている。
 第二は、無意味な称名の否定。信心の伴わない口先だけの称名は厳しく否定され、そのような念仏を往生の問題に絡めてはならないという。
 第三は、称名念仏は信心を得た上での念仏でなければならないという。真実の念仏は必ず信心を頂いた上での念仏であることを強調する。
 このように蓮如の称名念仏義は、三つの柱をたてて考えるとよく理解することができるように思われる。そこで今度は、信心と往生の関係について見てみたい。「信心正因」であるから、往生は信心によって決定する。この「往生は信心による」という教えは、親鸞の教えの流れからして当然のことであるが、ここで蓮如と親鸞には一つの大きな違いが見られる。それは親鸞の場合は、「難信」ということが非常に強調されるが、蓮如の場合はむしろ「易信」という点が強調されているのである。したがって「信心は得易い」という表現で、教えが展開していく。
 このような観点から信心と往生を問題にすると、この場合もその特徴を三点にしぼることができる。
 第一は、「信じるとはどのようなことか」という問題。「易信」であるためには、信じるということが私に容易に成り立たなくてはならない。そこで次のように諭す。「自分の力で往生するのではない。自分の力を当てたよりにするのではなく、私たちは阿弥陀仏の本願力によって往生するのだ」と強調する。このように信じることが第一に求められる。
 第二は、阿弥陀仏の本願力によって往生するのだと信じて、では自分自身その本願力にどのように関わればよいのか。ここで蓮如はその本願力にただひたすら一心に、後生たすけたまへとためと、という。この一心に後生たすけたまへとたのむ心が、第二の信じるという心になる。「信じる」とは、自らがひたすら一心に後生たすけたまへとたのむという心になる。
 第三は、この「たのむ」という心についてである。この心は自力ではない、というのであるから、この「たのむ」は自分が必死に本願にしがみつく、といったたのみ方ではなくなる。そうではなくて、この「たのむ」は、阿弥陀仏にすべてをまかせるという心になる。一心にたのむとは、「一切を阿弥陀仏の本願にまかせるということ」で、これが第三の蓮如のいう信じる姿になる。
 これらをまとめると、往生と信心の関係は、まず自分の力でなく阿弥陀仏の本願力によって往生するのだと信じる。そしてその信じるとは、ただひたすら一心に後生たすけたまえとたのむことであり、ひの「たのむ」とは、すべてを阿弥陀仏にまかせる心だといえる。
 そうするとここで、この信が自分にどうすれば生じるかが問われる。これは換言すると、信心の獲得はいかにして可能なのかという問題である。ここでもまた三点が注意される。
 第一に、自分はどこまでも愚かで、極悪なる凡夫だというとを自覚する心が求められる。
 第二に、その心に対して、阿弥陀仏は、この迷える私を必ず救って下さるのだと信じよという。自らの愚かさを信じ、それ故にこそ、阿弥陀仏はこの私を必ず救って下さると信じるのである。
 なお、この第一と第二は、二種深心の構造である。では、私は愚かであって、この私を阿弥陀仏が必ず救って下さると信じるとは、具体的にはどのようなことか。またその信はどうすれば起こるのか。
 第三に、ここで六字の名号のいわれを一心に聞けという「聞」が求められる。六字の名号のいわれを一心に聞くことによって、私と阿弥陀仏の関係が明らかになる。
 そこで、次にその「六字の名号のいわれ」が重要になる。端的には、蓮如の六字釈であるが、南無阿弥陀仏の「南無」と「阿弥陀仏」を次のように説明する。
 「南無」とは何か。それは衆生が阿弥陀仏を信じて、一心一向にたすけたまえと願う心が「南無」だという。では「阿弥陀仏」とは何か。「阿弥陀仏」とは、阿弥陀仏に対して南無する衆生を救う姿だという。すなわち、衆生が阿弥陀仏に「たのむ」こころが南無であり、その南無する衆生を救う姿が「阿弥陀仏」なのである。
そうすると、この「南無阿弥陀仏」という六字はそのまま「たのむ私」と「救う阿弥陀仏」が同時に一つに重なってしまっている。「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」と称えながら、その南無阿弥陀仏の六字の名号のいわれを聞き続ける。そこに自ら機と法、私と阿弥陀仏が一体になる姿が生まれてくることになる。
 私が阿弥陀仏に南無し、阿弥陀仏がその南無する衆生を救う。この阿弥陀仏と私との関係があきらかになる心が「信心獲得す」といわれている心なのである。そうすると、信心を得た衆生の念仏が次の問題となる。信心を獲得した念仏者とは、称えている南無阿弥陀仏の中に、すでに本願力に摂取されている自分を見るのであるから、これに過ぎるよろこびはない。まさに本願に摂取されているというよろこびが自らあらわれてくる。そうすると当然、嬉しい、有り難い、という感謝の心が念仏の中で起こる。この念仏が報恩の念仏ということになる。「私はすでに阿弥陀仏に摂取されている」その喜びの中にはじめて恩を知る心が生まれてくるが、その有り難さの中で称える念仏がまさに報恩の念仏になる。真宗の教えは、信じたその時に往生は定まるが、それと同時に報恩の念仏のみの生活がはじまることになる。これが信心が正因であって、念仏は報恩だとする「信心正因・称名報恩」の意味である。

 これが、蓮如が親鸞から受け継いだ教えということになるが、それは蓮如が親鸞の教えを徹底的に読むことによって、親鸞の教えの全体をこのような「信心と念仏」の関係でとらえ、『御文章』の中で、当時の人々にわかる言葉で、繰り返し繰り返し人々に語った。これが蓮如教学だといえる。このように見ると、蓮如教学の特徴は、親鸞の深遠な思想、ことに『教行信証』を極めて深く読み込みその内容の全体を大衆にわかるような言葉で語ったという点にあるといいうる。それがまさに『御文章』なのであるが、その中でも親鸞の考えを端的示しているのが次の「聖人一流章」である。
 聖人一流の御勧化のおもむきは信心をもって本とせられ候。そのゆゑは、もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏のかたより往生は治定せしめたまふ。その位を一念発起入正定之聚しも釈し、そのあへの称名念仏は、如来わが往生を定めたまひし御恩報尽の念仏とこころうべきなり。
 この中に、まさに親鸞の教えのすべてが凝縮されているようにうかがわれる。そして、この言葉をさらに縮めて、蓮如が親鸞の教えの根本を「信心正因・称名報恩」と述べたのである。
 ただし、ここで留意すべきは、蓮如は『教行信証』を繰り返し読んだのであるが、この書物の一々の文字を解釈したのではないということである。すなわち『教行信証』の思想に沿って解釈しているのではなく、『教行信証』の全体を読み切って、その教えの根本を、自分の言葉で「ひとつ」にまとめて、誰にでもわかるように語ったのである。決して『教行信証』の一行一行を解釈しているのではない。ところが、伝統的宗学ではこの蓮如の「信心正因・称名報恩」の教えを絶対に曲げてはならないという立場をとってるいるので、『教行信証』の中に、行や信を表現する文章が出てくると、その文章を解釈する時、蓮如の「信心正因・称名報恩」の義に沿った解釈を必然的にしてしまうことになる。
そうすると、出体釈を読む時も称名破満釈を読む時も、そこに説かれる教えのすべてを、信心正因・称名報恩の義で解釈することになってしまう。親鸞の文章を、文に即して解釈するのではなく、その文章がいかに信心正因・称名報恩を語っているかの説明になっているのである。したがって、『教行信証』の文の流れが大切なのではなくて、『教行信証』の一々の文をいかに信心正因・称名報恩の義で読むかが、伝統的宗学の『教行信証』の解釈の立場だと考えられる。だが、はたしてこのような解釈の仕方で親鸞の思想を十分に把握できるのであろうか。


2.阿弥陀仏とその浄土

 そこで具体的に『教行信証』の内容をみていくことにしたい。最初に『教行信証』は、どのような構造を持っているかを少し考えてることにする。まず「総序」があり、続いて「教巻」になる。この「教巻」は、
 つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり
という言葉で始まる。ここに「浄土真宗」の教えの根本が述べられているが、では一体、浄土真宗の教えとは何か。ここにいう浄土真宗とは、阿弥陀仏の教えだと考えればよい。では、阿弥陀仏の教えとは何か。この教は二つの部分から成り立っている。一つが往相の回向で、他は還相の回向。往相の回向と還相の回向という二つの部分から阿弥陀仏の教えが出来上がっているのである。
 そうすると、往相と還相、そして回向とは何かが問題になる。「往相」とは私が往生するすがたである。この私の往生については、既に蓮如の思想で明らかなように、私の力ではなく、阿弥陀仏の力によって往生する。これは浄土真宗の考え方の基本である。したがって、往相の回向の「回向」は、私が往生するためになす回向行ではなくなる。往相とは、私が浄土に往くすがたであるから、回向は阿弥陀仏が私たち衆生を往生せしめるはたらきということになる。このことは還相も同じで、衆生を還相せしめる阿弥陀仏の回向となる。阿弥陀仏の大悲心とは、つまるところ衆生を往生せしめ、また還相せしめる回向のはたらきということになり、まさにこれが浄土真宗の教えのすべてになる。
そしてこの往相回向の中に、真実の教・行・信・証があるというのである。そこでまず問題となるのは、ではその阿弥陀仏とはどのような仏なのか。阿弥陀仏の浄土とはどのような浄土か、ということになると思われる。
 阿弥陀仏とその浄土について、親鸞が書いているのは『教行信証』の中では「真仏土巻」である。他方、和語聖教では、浄土については『唯信鈔文意』の善導大師の「極楽無為涅槃界」という言葉を解釈する中で、阿弥陀仏については『自然法爾章』の中で端的に示している。親鸞の浄土についての考えは、「浄土真宗」という仏教が意味する浄土とは、「真仏真土」ということで、「真仏土巻」ではその冒頭で阿弥陀仏とその浄土を、光明無量であり、寿命無量であると述べている。したがって親鸞がとらえた真仏真土とは、光明が無量であり、寿命が無量である仏身・仏土だということになる。もし表現をかえれば、結局それは真如そのものだということである。真如そのものの清浄なる功徳を一言で示すとすれば、光明が無量であり寿命が無量であるとしか表現ができなくなるのである。
 この中、寿命の無量性は相をもちえないので、結局その相を示そうとすれば、光明無量という言葉に収斂されることになる。そこで親鸞は、阿弥陀仏とその浄土の真実性を語る場合は、ことに光明の無量性を強調する。無量のいのちをもち、無碍無対の光明を放つ仏身仏土が、親鸞のとらえた真仏土になる。今日、私たちは阿弥陀仏とその浄土を考える場合、すぐ西方とか、十劫の昔とか、浄土の荘厳とかを念頭に思い浮かべるが、親鸞の思想においては、このような浄土はすべて方便化土だとみなされる。
 ここで非常に重要なことは、私たちが常識的に光明というものを考える場合、たとえば私たちにとって最大の光は太陽ということになるが、その太陽の光によって地球の全体、私たち生きもののすべてが生かされていることになる。そうすると、阿弥陀仏の浄土をこの太陽に重ねると、太陽をはるかに超えた無限に光り輝く根源が、西方の十万億土にあって、そこから光が来たり、私たちを照らし摂取していると考えてしまう。ところが、親鸞の考えはそうではなくて、光を放つ根源をある一つの場所とか方向には見ない。浄土は光明が無量であり寿命が無量なのである。ここで無限の場を頭に描き、その全体が光輝いている、そのような光景を思い浮かべる。そうするとその浄土は、太陽の光のように一つの場所から光を照らしているのではなく、それは無限に輝く光の場であって、その光で常に私たちを包んでいることになる。中心に一つの輝かす根源があって、そこから光が放たれているのではなくて、いわばこの宇宙の全体が光明無量・寿命無量という形で、時間的にも空間的にも無限に広がる宇宙の全体がこの光で覆われてしまっている。そしてこの光によって一切の衆生を救い続けている、その仏が阿弥陀と見ているのである。
 これはいわば真如の輝きそのものということになるが、ではその真如がなぜ阿弥陀仏なのかが、ここでは問題になる。その説明が「自然法爾章」でなされている。ここでは真如がなぜ阿弥陀仏とい仏になったかが語られているが、この手紙の中で親鸞は「弥陀仏は自然のやうをしらせんれうなり」と述べている。この手紙の流れは、阿弥陀仏の願いはただ一つであって、迷っている一人一人の衆生の一切を、無上仏にすることだと示す。われわれ一人一人を、すべて無上仏にしようとはたらいているのが阿弥陀仏の大悲だと親鸞はとらえるのである。それが「自然」−おのずからしからしめるという法の道理であるが、ではその無上仏とはどのような仏か。
無上仏とは真如そのものを意味しており、いわば一人一人を真如に導くために、阿弥陀仏の大悲がはたらいているのである。
 では阿弥陀仏の大悲とは何か。無上仏とは、いろもなく、かたちもない。そこで、そのいろもなく、かたちもない無上仏が、この凡夫を導くためには、真如そのものが、凡夫の眼にもわかるように「すがた」をあらわさねばならない。それが阿弥陀仏なのである。私たち凡夫は、いろもかたちもない真如のままでは、その真如をしることはできない。したがって、真如そのものが私たちを無上仏にするためには、まず「すがた」を示さねばならない。けれどもその時、もし真如が真如の功徳を変えたとすると、これは何もならない。真如が真如のままで私の前に相を現すとすれば、無量の光明という相をとらざるをえないのである。
 ところが「無量の光明」といっても、愚かな凡夫にはその光を見ることができない。そうすると、更に無量の光明が愚かな人々にもわかるように「すがた」をしめさなければならない。その「すがた」が南無阿弥陀仏という言葉なのである。この南無阿弥陀仏という名号は、光明そのものが衆生にわかるように声となり、言葉となったのである。したがって、南無阿弥陀仏とは、真如そのものが私を救うために私に呼びかけている言葉なのである。いわば南無阿弥陀仏とは、真如の大悲が私を救うために躍動している姿であり「お前を救うぞ」という、はたらきそのものなのである。
 このように南無阿弥陀仏をとらえると、名号はまさしく浄土そのものになる。南無阿弥陀仏が仏そのものであり、浄土そのものなのである。では、光明無量・寿命無量という名号と、私はどのように関係するのであろうか。こま点が浄土真宗でもっとも重要になる。
私と名号がいかに関係し合うかということだが、ここから『教行信証』の「行と信」の問題に入ることにする。            

 さて、最初に真如が一切の衆生を救うために、真如がまず動く。その真如からあらわれた「かたち」が法蔵菩薩となのり、本願をたて、阿弥陀仏となった。真如が法蔵菩薩となのり一切の行を完成して、阿弥陀仏となったということは、ここに南無阿弥陀仏という名号が成就したことょ意味する。そして南無阿弥陀仏が成就したということは、一切の衆生を救うための一切の功徳が名号の中におさまっているということを意味する。
けれども、このままであれば、阿弥陀仏の側で南無阿弥陀仏が成就されたというだけのことにすぎない。そこでは、まさしく真如は一切の衆生を救うために南無阿弥陀仏という名号になったのであるが、その名号と凡夫は未だ無関係である。なぜなら、真如から発せられる言葉は、普通われわれ凡夫には聞こえてこないからである。たとえば、この世界には阿弥陀仏の光が満ち満ちている。けれども私たちは誰一人として、その阿弥陀仏の光にはふれることはできない。見ることも聞くこともその音声を聞くこともできない。したがって、たとえ阿弥陀仏が真如から生じたとしても、そのままであれば、凡夫には何ら関係のない仏のままである。そうだとすると、阿弥陀仏は一切の衆生を救うという本願に、まず「南無阿弥陀仏」を衆生に知らしめる手段を、その本願に誓わねばならない。
 真如からの凡夫を救う言葉が、どのようにして凡夫の耳に聞こえるかが問題になるのである。そして、この唯一の方法が、阿弥陀仏の諸仏の選びになる。すなわち、諸仏国土の各々の仏が選ばれたのである。なぜなら、私たちは阿弥陀仏のことばを直ちに聞くことはできないが、釈迦仏であればその言葉を聞くことができるからである。それは、弥陀と釈迦は同一の仏と仏との世界だからである。また、釈迦仏と私たちは、同じ人間世界に住んでいる。したがって、釈迦仏の言葉であれば、その言葉を人は耳にすることが可能となる。だからこそ、阿弥陀仏は本願に、名号によって衆生を救うはらたきを成就し、その名号の功徳を諸仏を通してその国土の衆生に伝えるという本願を成就したのである。
 これが第十七願の内実である。第十七願には、阿弥陀仏が自らの法を諸仏を通して伝えると誓われている。だからこそ諸仏は「南無阿弥陀仏」と称え、その功徳の素晴しさを讃嘆し、「念仏を称えて弥陀に救われよ」と国土の人々に説法するのである。この第十七願の誓いにみる諸仏の行為を、親鸞は「浄土真実の行」だと見たのである。ときに、この第十七願は、諸仏が阿弥陀仏の「教え」を説いているすがたである。それをもし「行」と捉えると、教と行はどう関係するのであろうか。『教行信証』は、「行」の前に「教」が置かれているが、ではその教とは何かがここで問題になる。


3.『教行信証』の構造

 さてここで、『教行信証』の構造が問われる。周知の通り『教行信証』は六つの巻から成り立っている。教・行・信・証・真仏土・化身土である。この中、教巻と、行・信・証・真仏土・化身土の巻とには一つの大きな違いが見られる。行巻から化身土巻まではすべて願名が示されている。例えば、行巻は第十七願、信巻は第十八願、証巻は第十一願、真仏土巻は第十二・十三願、化身土巻は第十九・二十願だと説かれている。このように、後の五巻はすべて願が示されている。
 ところが、教巻にだけは願がない。その願名のかわりに教巻には『大無量寿経』という経典が出される。これは何を意味するのか。『大無量寿経』の中に、教・行・信・証・真仏土・化身土のすべてが説かれている。この経は、阿弥陀仏の本願の真理を説いているということを教巻は示しているのだと見られる。いわば教巻では、『大無量寿経』はいかなる真理を説く経典であるかを示し、この経典の言葉を通して、その教えの真実性を親鸞は教巻の中で明らかにしているのである。そこで教巻を繙いて『無量寿経』の引用の部分を見ると、不思議なことにそこには阿弥陀仏の教えを説く部分が全く引用されていない。『無量寿経』で釈尊は阿弥陀仏とその浄土を語るのであるが、その教えの部分が「教巻」では一言も書かれていないのである。
 ではどこが引用されているのかというと、序分の「五徳瑞現」の箇所である。これは、釈尊が今までになく輝いたということが語られている部分である。あるとき、釈尊がそれまでにない輝く姿を示す。すると、常に傍らにあった阿難が「釈尊は常に仏と語っている。ところで今日の釈尊は、今まで見たこともない輝きの中にある。一体どのような仏と語りあっているのか。おそらくその仏は最高の仏であって、その最も尊い勝れた教えを聞いているから、そのように輝いているののではないか」と尋ねる。この問いに釈尊は非常に喜び、阿難に「よい質問だ」と賛辞を送り、続いて釈尊の心に回施されたその阿弥陀仏の教法が語られることになる。この釈尊が輝いているという姿を親鸞は、これこそいま釈尊が最高の法の中にいる証だとする。最高の仏法である阿弥陀仏の教法が、いま釈尊に回向されている。だからこそ、釈尊が輝いているのだからである。
 ではなぜ、阿弥陀仏は釈尊に阿弥陀仏の法を回向したのか。それは釈尊を救うためではない。釈迦仏わ通して、一切の衆生を救うために、釈尊の心に弥陀の本願を回向したのである。この釈尊の心に一切の衆生を救うという教法が、いま回向されていることを語っているのが、「教巻」の思想になる。そして、釈尊に回向された阿弥陀仏の教が実際釈尊の口を通して一声出る。釈尊が南無阿弥陀仏を称えて、いま称えている南無阿弥陀仏が弥陀回向の大行なのだという、釈尊の説法が始まる。その説法が行巻の「行」になる。以下、さらに『教行信証』の流れにそって、行巻と信巻・証巻がどのように関係しあうかということについて考えてみたい。


4.名号と称名

 端的にいうならば、浄土真宗の教えは、真如が阿弥陀仏になった、ということで言い尽くされるのではないか。それは真如が一切の衆生を救うために「南無阿弥陀仏」という名号を成就し、阿弥陀仏となったということである。したがって、阿弥陀仏の救いの法が「南無阿弥陀仏」なのである。その法がいま、釈尊の心に回向された。そこで釈尊は、「南無阿弥陀仏」と一声称え、その教えを説法する。この念仏を通しての、阿弥陀仏の一切の衆生を救いたいとの願いが本願の建立である。それは法蔵菩薩が本願を成就したということであるが、ではその本願とは何か。一切の衆生を救いたいという願いである。この仏の願いを親鸞は、南無阿弥陀仏の「南無」にみた。普通は、阿弥陀仏の四字が名号である。法然までは名号は阿弥陀仏であって、南無は私が弥陀を信じる心を意味しているので、一般的には南無は私の側にある。ところが親鸞は、この名号を六字で解釈した。六字が名号ということは、南無までが阿弥陀仏の側に含まれる。南無が阿弥陀仏の衆生を救いたいという願いになるからである。
 ここに、親鸞独自の六字の解釈が見られる。南無阿弥陀仏が衆生を救う法になるのである。すなわち、私たち一人ひとりの称える南無阿弥陀仏が、私の阿弥陀仏に救われている姿なのである。この真理は、自分が意識する、意識しないには関係はない。阿弥陀仏が衆生を救うために南無阿弥陀仏になったのであるから、南無阿弥陀仏を称えているそこに、阿弥陀仏の私を救う姿があるのである。ただし、この真理は、凡夫自身の力では絶対に知り得ない。ここに釈尊の説法の意義があり、この法を大十七願に成就した阿弥陀仏の願意がが見られる。教巻には、弥陀の心が釈尊に回向されているその事態が説かれ、阿弥陀仏の法の中心は本願と名号だと示されていた。本願は阿弥陀仏の衆生を救うという願いであり、名号とはその本願の衆生を救っているすがたである。まさに、弥陀の本願が名号を通して衆生を救っているのである。したがって、私たちにとっては、名号の中に阿弥陀仏の本願を見ることが重要なのである。この点が「教巻」では教えられている。
 さて、弥陀の名号が釈尊の心に回向された。そこで釈尊の最初の行為は何かということになる。これが「行巻」の最初の言葉になる。したがって「行巻」冒頭の言葉は、「釈尊の説法の第一声」だと考えることができる。
 つつしんで往相の回向を案ずるに、大行あり、大信あり。大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。
これはもちろん親鸞の言葉であるが、その親鸞があたかも釈尊がもしここにいたら、このような説法が始まるであろうと意識して述べているのである。それが「大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり」という言葉で、ここに阿弥陀仏の教えのすべてが含められる。この大行とは、往相回向の大行ということで、阿弥陀仏がわれわれを往相せしめるために回向した大行が、無碍光如来の名を称しているすがたなのである。
 
 さてここで行信の問題おける伝統の宗学の在り方について考えてみたい。これについては、従来おおきく三つの解釈がなされている。
 第一は、「無碍光如来の名を称するなり」の「名」を重視し、名号こそが大行だと捉える「法体大行説」。
 第二は、この無碍光如来の名を称えているのは、諸仏であるから、この称名は「諸仏の称名」と捉える立場。
 第三は、現実の問題として、無碍光如来の名を称しているのは衆生であるから、「衆生の称名」として捉える立場。
このように三つの解釈がなされ、どれが正しい解釈かが江戸時代から論じられている。これが「行信論」である。
 そこで「無碍光如来の名を称するなり」とは何かということになるが、宗学ではこの問題にまず蓮如教学を重ねる。蓮如教学では、称名はあくまでも衆生の側でとらえられ、しかもその称名は真実の信心を得た上の称名でなければならないとされる。称名が信心を離れては、意味をなさないのである。そこで法体大行の場合も、諸仏の称名の場合も、衆生の称名の場合もすべて衆生の信心との関係において論じられることになるので、その論が複雑になり、しかも解決をみない論争が続くことになるのである。
 けれども、論争に解決を見ないということは、論争の焦点があっていないか、あるいは論争そのものが矛盾しているからである。ではこの論争のどこに問題があるのであろうか。宗学論争では、この三つの立場のいずれが正しいかを論じるのであるが、そうではなくて、この三つの称名はそれぞれ何を意味しているかを考えることが大切なのである。
 まず第一の法体大行゛であるが、この称名が阿弥陀仏より回向されて、私の心に来たっているのだとすると、それは衆生を救うための弥陀の「はたらき」ということになる。称名とは、弥陀の衆生を救うすがただというのが第一番目の称名である。それに対して、諸仏の称名という場合、これは釈尊の説法を意味することになる。説法とは、名号法を伝達するすがたであるから、第二番目は、弥陀の教えはどのようにして伝わるかを明らかにしていることになる。三番目は衆生の称名とは何かということである。未信の衆生は称名を通して獲信するので、こちらは獲信の問題になる。
 このように見ると、三者はそれぞれ意味内容が異なる。第一の称名は阿弥陀仏が衆生を救うはたらきを意味し、第二は釈尊が弥陀の教えを説法するすがたであり、第三が私の信をいただく場となる。このように、三者はそれぞれ意味内容を異にしている。そこで、この称名のどれが正しいかを論じても、これは明解な決着を見ることはない。したがって、称名をこのように論じ合うのではなくて、「如来の名を称する」をもし法体大行として解するのであれば、この称名にはどのような意義が見られるかを考えればよいのである。
 次の諸仏の称名として捉えるのであれば、この称名にはどのような意味が見られるか。また衆生の称名であればどうかと考えるべきなのである。そこでこの称名を、もし法体大行として見るのであれば、これは衆生を救う名号のはたらきということになり、その名号には衆生を救うための一切の功徳が見られることになる。そこで親鸞はこの「大行とは無碍光如来の名を称するなり」の文を承けて、次に「この行はすなわちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり」と述べ、この名号によって一切の衆生が救われるのだと明かすのである。ただし、その名号の功徳について、「真如一実の功徳法宝なり」と説いているのは釈尊である。その意味からすると、この称名はそのまま釈尊の説法と重なる。しかもその説法をいま、われわれが聞いているのである。ここで、私と称名がどのように関係し合うかが問題となる。ここでは、称えている名号を聞いているという姿が導かれる。称えるということがそのまま聞法することになる。とすると、衆生にとっては称えることによって往生するのではなく、弥陀の本願を聴聞する、名号のいわれを一心に聞くということがここでの衆生の仏道ということになる。

 阿弥陀仏と衆生の関係がこれからの問題になるが、ここで今一度、法性法身についてふれてみる。真如、あるいは法性法身が衆生を救うために動く。その法の道理を親鸞は法性法身が法蔵菩薩となのり、不可思議の大誓願を発して、阿弥陀仏となったと捉える。ここに名号が成就するのであるが、親鸞はその光明無量・寿命無量の相を、そのまま真仏・真土だと解する。
 とすれば、大誓願によって名号の法が成就されたということは、法性法身(真如)そのものが衆生を救うために南無阿弥陀仏という名号になったことを意味する。では、南無阿弥陀仏とは何か。この点が私たちにとって一番重要なことになるが、それはつまるところ、仏願の生起本末ということである。そこで、この仏願の生起本末を、もし阿弥陀仏の本願の立場からいうと、これは第十八願の内容になる。すなわち、阿弥陀仏みずからの大悲と名号を通しての一切の衆生の救いが、この願のはたらきとなる。だからこそ、私たちにとって第十八願が一番重要な本願になる。第十八願には「至心信楽欲生」と「乃至十念」が誓われているが、この本願の一切の衆生を救いたいという願いが「至心信楽欲生」であり、名号を通しての救いが「乃至十念」ということになる。したがって「至心信楽欲生」が阿弥陀仏の心、「十念」が阿弥陀仏の言葉を意味する。そこで、阿弥陀仏の願いが言葉となって私たちの前に出現する。それが「南無阿弥陀仏」である。ここに、救いの教法のすべてが見られるので、第十八願が私たちにとって最も重要な本願になる。このように第十八願は、阿弥陀仏の本願であって、その本願には阿弥陀仏の大慈悲心と、その救いのはたらきが誓われているが、この本願は自ずから二つの方向に働く。一つは衆生を直接救うという方向であり、もう一つは諸仏をして弥陀法を説法せしめるという方向である。
 そうすると、ここに弥陀と諸仏と衆生という三者の関係が生じるのであるが、諸仏に対しては説法せしめ、衆生に対しては聞法せしめることになる。したがって諸仏と衆生の関係は、一方が説法し、他方は聞法するのであるから、阿弥陀仏とこの両者の関係は、根本的に違っているといわねばならない。ところで、もしこの説法と聞法の内容が相違することはありえない。したがって、説法と聞法の内容は全く同じである。諸仏は阿弥陀仏の第十八願の真実を説法するのであり、衆生はその第十八願の真実を聞法する。釈尊と私の関係は、釈尊が第十八願の真実を説法し、私は第十八願の真実を聞法している。このように説法と聞法の内容は同じであるが、一方し説法し、他方は聞法するのであるから、その立場は全く逆になる。そして、説法の内容を語っているのが「行巻」であり、聞法の内実を説いているのが「信巻」である。ただし、行巻も信巻も共に、阿弥陀仏の救いの法を論じているので、どちらも第十八願と重なるが、行巻においては、釈尊が弥陀の名号を説くということで、この行が「浄土真実の行、選択本願の行」と捉えられる。
 
 末法の世において、もし真実の仏道があるとすれば、南無阿弥陀仏を称えて、この浄土の真実を語る。この行為のみが、私たち凡夫の唯一の真実のの行となる。そこでこの「浄土真実の行」を釈尊が出世本懐の教法として、私たちに教えたのである。そしてその教えの中心があもだ仏の名号になる。「南無阿弥陀仏」が、一切の衆生を救う行として、阿弥陀仏によって選択された。その名号の法が釈尊によって伝えられているのであるが、南無阿弥陀仏という名号の立場からすれば、これが「選択本願」の行になる。
 これに対して、信巻では、正定聚の機が問題になる。正定聚の機とは、正しく往生が定まった衆生ということです。往生が定まった衆生とは未信の衆生が弥陀の教えを聴聞して獲信することを意味する。したがって、阿弥陀仏の大悲と、それを獲得する衆生の心の関係が信巻で明かされることになる。
 では「行巻」と「信巻」でどういうことが起こっているか。行巻と信巻は、どちらも阿弥陀仏が衆生を救うというはたらきを示し、その内容は全く同じである。だが、行巻で語られている機と信巻で問題になっている機は全く別である。行巻では諸仏の行いが中心であるのに対して信巻は、未信の衆生が獲信するということであるから、信巻と行巻では違った人間のすがたが示されている。この点をここで特に注意したい。なぜなら、今までの宗学はこの点が全く曖昧で、行信不離の立場から、行巻と信巻の「行信」を同一人の立場で捉えているからである。したがって、すでに信を獲ている念仏者と未だ信を獲ていない衆生の問題が錯綜し、結果として行信論を煩瑣なものとしている。


5.「行巻」の流れ

 さて、ここでしばらく『行巻』の流れを見ることにしたい。行巻の冒頭は「出体釈」と呼ばれている部分で、親鸞の言葉から始まる。次に『大経』引文があり、「称名破満釈」に続く。ここで、釈尊の説法が結ばれるが、称名は南無阿弥陀仏のはたらきであるので、必ず一切の無明が破られることが明かされる。そしてこれから後に、龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空のいわゆる七高僧の文が引用される。ところで、ここで着目すべきは、七高僧の引文で説かれていることの内容である。常識的な立場から、行巻の行というものを考える場合、私が仏になるための「行」が説かれていると想定してしまう。ところが、例えば龍樹引文では、一切の諸仏が阿弥陀仏の本願を讃嘆していることを示す。なぜ諸仏は阿弥陀仏を讃嘆するのか。その本願が最高だからである。そこで龍樹もまた釈尊のその教えを承け、阿弥陀仏の本願を讃嘆するのである。天親引文も同じである。天親は龍樹の教えを承け、阿弥陀仏の本願を観察するのであるが、その本願こそ一切の衆生を救うと讃える。このように見ると、龍樹も天親も、いかに行じて信を得、浄土に生まれたかという行を行巻で述べているのではなく、すでに信を得ている龍樹と天親が、未信の衆生に本願の素晴しさを説いてるいることが窺い知られる。このことは、曇鸞引文も同じである。天親の教えを承け、天親によって明らかにされた阿弥陀仏の教えを、凡夫の喜びとして説いているのである。
 したがって行巻の行は、未信の衆生がいかに念仏して信を得るかを問題にしているのではないと言い得る。行巻では、未信の者の行ずべき行ではなく、諸仏と既に獲信した念仏者の、未信の衆生に対する名号の讃嘆が明かされているのである。それは「名号の伝達」を意味する。七高僧は、いずれも釈尊が説いた阿弥陀仏の法に信順している。その阿弥陀仏の法は釈尊の心を通して、初めて私たち人間界に出現した。そして釈尊から龍樹へ、龍樹から天親へ、天親から曇鸞へと、名号の真実が誤りなく親鸞に伝わっていったということを行巻は示しているのである。
 そうすると、行巻の行は、諸仏とすでに信を獲た人が阿弥陀仏を讃嘆するという「行為」が説かれていることになる。そして、その行為を通して、選択本願の行としての名号のはたらきが明かされるのである。
 したがって、行巻の一つの中心は阿弥陀仏の法の伝達にあり、いま一つの中心は、その阿弥陀仏によって選択された名号とは何かを示しているといえる。儀容巻の標題の註に、「浄土真実の行」と「選択本願の行」と書かれているが、浄土真実の行とは、衆生を往生せしめる名号の説法になり、選択本願の行とは、説法によって明かされた名号を指しているといえる。このように見ると、七祖引文の前半は、名号の讃嘆が中心になり、善導引文で、これが二つに分かれる。善導の引文では、名号とは何かが問われ、その名号についての親鸞の解釈が示されることになるからであるそしてれに続くご自釈、両重因縁から、行一念釈、他力釈、一乗海釈で名号の功徳が説かれるのである。一応行巻の構造はこのようにとらえることができる。


6.行と信と証

 そこで次に、行巻から信巻へということになる。この信巻では「正定聚の機」が明かされる。ところで、私たちは、最初から信を得ているわけではない。本来私たち衆生は迷える者である。まさに、真実の信がないから迷っているのである。したがって、正定聚の機は信巻の結論である。信巻全体の流れでみれば、信巻は未だ信を獲ていないものが、どのように阿弥陀仏の法を聞き、最終的にいかにして正定聚の機になるかが明かされるのである。
 いわば信巻は、未信の衆生自身の獲信の構造を教えているのである。これに対して行巻は、未信者に対して獲信せしめる法とは何かが説かれている。未信者が獲信する唯一の道は聞法であるが、その聞法の内容、いま私に対して聞こえてくる法の内実が行巻である。それ故に、儀容巻は絶対に信巻の前に置かれていなければならない。行巻の行は、信巻の信に対して聞かしめる法であるが故に、行巻は絶対先でなくてはならない。そして信巻の信は、その行の内容を聞法することになる。
 ここで、行と信と証についての、親鸞思想の特徴を見てみることにしたい。私たちの人生は、時間的に生から死の方向に流れている。その時間の流れの中でまず最初に教えを聞き、次に信じ、それから行じて証果を得る。これが仏道者の生から死に至る流れである。この場合、教えは仏法であるから仏の側に属する。それに対して、その教えを聞き、信じ、行じ、悟るのは衆生である。したがってこのすべては衆生の側の問題である。このように仏教一般にあっては、教えは仏の側にあり、聞いて信じて行じて、証果を得るのは衆生の問題である。
 したがって、信と行と証はすべて同一人の事柄であって、教えを信じる人と、その教えを行じる人が違えば仏道は成り立たない。聞いて信じ、行じて証果を得るのは、すべて同一人の中で起こらねばならないのである。だからこそ、仏道には時間の流れが必要なのであって、この場合、行から証に至るには、無限に長い時間と厳しい難行が求められる。これ故に、仏教では証果に至るのは至難なのであり、行は必ず難行でなければならないのである。
 ところで、このような仏道は、親鸞においては化巻の問題になっている。阿弥陀仏の教えを聞いて行じて証果を得るという仏道であるが、末法時代の凡夫には、このような仏道は成立しないというのが親鸞の思想である。このことは、比叡山での親鸞の修行の結果によるが、山での行が親鸞には成り立たなかった。これが親鸞の比叡山での最大の悩みになるが、この苦悩のどん底で親鸞は法然にと出会う。ここで法然と親鸞の出会いの場を考えてみたい。親鸞は法然のもとで獲信する。法然と出会う以前に、比叡山での厳しい行道が親鸞にはあったが、その行道で獲信したのではなく、むしろ比叡山での行道は親鸞を破綻に導いた。そして、比叡山での行道の一切が破れ、完全なる絶望に陥ったとき、親鸞は法然と出会っているのである。では、親鸞が法然と出会ったとき、法然は親鸞に何をしたのであろうか。阿弥陀仏の法を説法したのである。そしてそこで親鸞は、法然の教えを聞法する。これは六角堂に百日間参籠し、聖徳太子の夢の告によって法然に出会い、それからさらに百日間、法然のもとに通ったとされる場面であるが、この時の親鸞は、法然のもとで何の行も行じてはいない。ただ、法然が説く教えを聴聞しているのみである。ここでの行為は法然にのみあると言い得る。行は法然の側にあるのであって、親鸞の側は聞法のみである。親鸞には行がなく聞法のみなのであるが、その聞法によって親鸞の心に信が成り立っているのである。
 仏道一般は、信じて、行じて、証果を得るという時間の流れの中にある。ところが今の親鸞と法然の関係においては、説法と聞法という同一の時間の中での事柄である。ある人が説法して、他の人がその話をいつか聞くのではなく、説法している時間と聞法している時間は同時である。この場合の行と信の関係は、同一人が平坦な道を、時間をかけて歩み、信を得るのではない。そのような時間の流れにあるのではなく、行は法然から親鸞に来ている。二人は同じ場所を動かないで体面している。その空間を飛び越えて、垂直的に法然の行がその瞬間親鸞に来たり、親鸞を獲信せしめている。法然の側に行があり、親鸞の側に信がある。したがってこの行と信の関係は、同一人ではなく別個の二人の行と信の問題になる。法然が行を行い、親鸞が信を得る。法然の説法を親鸞は一心に聴聞する。その中である瞬間、阿弥陀仏の法のすべてが「はっ」とわかる。その瞬間を獲信というのであるが、それは阿弥陀仏に摂取されている自分を明らかに知ることを意味する。法然の説法によって、今まで閉ざされていた真実の心が、親鸞の中で突然開かれた。この開かれた心が「証」である。このように行と信と証を捉えると、この三者は獲信の瞬間、垂直的に重なって並んでしまう。法然の話を聞いて、親鸞は獲信する。それは一声の念仏を聞いたが故に獲信したのであるが、その一声の念仏が行の一念であり、ここに生じる獲信が信の一念、そしてその信一念の信心歓喜が証果なのである。このように行・信・証は親鸞思想では同時に成立する。
 この行信証の構造は、自力の仏道では絶対に起こらない。他力なるが故に阿弥陀仏から来る大行であるからこそ瞬間に闇が突き破られたのである。したがって、この行と信と証には時間の流れはない。これが『教行信証』の行巻と信巻と証巻にみる行信証の特徴である。そこで、証巻における親鸞思想の特徴をまず考えることにしたい。では、獲信して証果を得た者は何をするかがここで問題となる。これを法然と親鸞の関係でみると、未信の親鸞が法然の教えを聞いて獲信したことは、法然と同じ立場になったことを意味する。そして法然のごとく法を説く親鸞がここに生まれている。親鸞における真の念仏道とは、まそしく法然に出会ったあとに始まっているのである。


7.往相の証・還相の証

 このようにみると、浄土教者にとっての真の念仏道は、証果を得て、はじめて始まるといわねばならない。証果、それは獲信することであるが、まさにここから真の念仏道が始まるのである。ではその獲信者にとっての真の念仏道とは何か。ここで獲信者とは何かかが問われるのであるが、獲信することは、往生が決定することである。そして往生が決定するとは、正定聚の機になることである。そうすると、正定聚の機はもはや往生を願う必要はなくなる。いまだ往生が確かでない者は一心に往生を願わねばならないが、すでに往生定まった者は別に往生を願う必要はないからである。
 したがって、獲信者の念仏道は、自分の往生を全く問題にしないといわねばならない。そうすると、獲信者の念仏道はただひとつとなる。それは、自分のために念仏を称えるのではなく、未だ信を得ていない衆生のために、念仏の真実を説法することである。獲信することによって、初めて念仏者の真の行道が始まるのであるが、その真宗者の行道とは、念仏を伝えることがそのすべてになる。
 しかもその念仏道は獲信した者にょってのみ、初めて可能な道である。獲信した者のみが、未信者に対して、自分が聞信して明らかになった念仏の功徳を説法することができるからである。この念仏道の実践が、真実証の内実である。
 ところで、「証巻」のほとんどは、還相回向の説明であって、往相の面は少ししか書かれてはいない。それは、獲信の念仏者の実践は、「行巻」にすでに書いているからである。つまり、往相回向の実践は「行巻」に詳しく説いているので、「証巻」では重ねて説明する必要がなかったのである。
 ここで、獲信者と未信者の関係を法然と親鸞から、親鸞と唯円の関係に置き換えて考えてみたい。そうすると今度は、親鸞が獲信の側に、唯円が未信者の側に置かれる。そこで『歎異抄』の第二条の「十余箇国のさかひをこえて」という場面になるのであるが、唯円が命がけで尋ねたのは、まさに親鸞が法然のものに行ったのと全く同じ構造になる。この場合の唯円には行は全くない。その唯円に親鸞が一方的に説法しているのである。ではこの念仏行は親鸞にとって、いかなる行になるのであろうか。この行こそまさに、報恩行だといいうる。このようにみると、報恩行をなしうるのは結局、獲信者のみということになる。
 しかも獲信の念仏者は、この報恩行の中で大行の念仏を語っている。この場合、獲信者においては、報恩の念仏と大行の念仏は重なるのであるが、未信者においては、その大行の念仏は他から来るのである。獲信者は大行を語り、未信者は大行を聞くからである。このように、信を得た者の慶んでする念仏が報恩行であり、報恩の念仏がそのまま未信者に対する阿弥陀仏の説法となる。
 さて「教巻」冒頭の文であるが、「つつしんで往相の回向を案ずるに」にみる回向は阿弥陀仏のはたらきを意味する。そしてこの阿弥陀仏の往相回向に行と信と証がある。ところで、この阿弥陀仏の「行信証」を得た者が、阿弥陀仏の浄土に往生する。阿弥陀仏の回向の証の功徳を得ているからであるが、その証果の功徳として、往相の念仏者に説法するという回向がそなわる。これが浄土教にみる大乗菩薩道である。『歎異抄』につ、慈悲について説く中に、「慈悲に聖道の慈悲と浄土の慈悲とがある」という。この文で、聖道の慈悲はすばらしいが、凡夫には実践不可能であり、浄土の慈悲しかないという。ところが、その浄土の慈悲とは「念仏を称えてはやく浄土に生まれることだ」といわれると、死後の問題になるので、素直には納得しかねる。けれどもここにいう「浄土の慈悲」とはそのようなことではなく、端的には「ただ念仏することだけだ」といっているのである。ところで、法然や親鸞は、すべての者が念仏するだけで仏になるという、阿弥陀仏の本願を説いた。それによって、一切の凡夫が仏果に至る道が開かれた。しかも、法然と親鸞はそれぞれが自らを「愚かな凡夫」であると述べている。
 これは、証を得た者が、南無阿弥陀仏を称え、南無阿弥陀仏の法の真実を伝えることによって、一切のものを仏果に導くという行為が、この世において、凡夫にも出来るということの証に他ならない。したがって、この末法の世で本当に菩薩道を行じることができるのは、念仏者のみだということになる。そしてこの念仏者が往相のすがたなのである。私たちは信を得れば、往相の念仏者である。ただしそれはあくまでも往相の念仏者であって、浄土の菩薩でも還相の菩薩でもない。しかしこの往相の念仏者のみが、大乗菩薩道を行ずることができるのである。
 そうすると、還相の回向は、必然的に亡くなってから後の問題になる。では、還相の回向と私はどのように関係することになるのであろうか。親鸞は『教行信証』の中で、「往相の回向について真実の教・行・信・証あり」という。その意味でこの証は、往相の回向の「証」ということになるが、その往相回向の証に、還相回向を含む構造がここに導かれる。還相は、自分の死後の問題である。それであれば、今は関係ないことになるが、にも関わらずそのことが縷々説かれているのはなぜかが問題となる。
 このことは、親鸞が獲信することによって、往相の真実と還相の真実が、親鸞自身の中で明らかになったことを意味する。すなわち、今の問題はどこまでも往相の念仏の行者ということになるが、還相の真実も同時に明らかになったということは、浄土に生まれた衆生が、浄土で何をなすかが明らかになったということである。それは、浄土での自分のすがたが見えるということである。端的には、浄土に生まれた瞬間、阿弥陀仏によって誓われた第二十二願の本願の力によって、浄土に生まれた者は、その瞬間に再び、この穢土に還ってくることを明らかに知るのである。しかも、再びこちらに還ってきた還相の菩薩が、この世で何をするかをも知る。それは、ただ一つ、礼拝・讃歎・作願・観察・回向の五念門行を行じるのである。今はその回向の実践の中にあるのであるから、回向行の中で同時に礼拝・讃歎・作願・観察の実践が行われることになる。この場合、還相の菩薩自身が自分のために礼拝・讃歎・作願・観察をする必要はない。では、この五念門行とはとはいったい何か。自分のためでないとすれば、この五念門行は他の衆生のためにということになる。浄土に生まれた還相の菩薩は、この世に還りきたってまず有縁の人の心に入って礼拝・讃歎・作願・観察をしていることになる。そうだとすると、今度は現実に生きているこの私の問題になるが、その還相の菩薩回向行が、今まさに自分の心身に満ち満ちていることになる。還相の菩薩の功徳が私の体の中に満ち満ちている。私が手を合わせる。それは、還相の菩薩が私とともに手を合わせてくれていることを意味する。私が念仏を称えている。それこそ還相の菩薩が、私をして念仏を称えさせてくれているのである。私が浄土について考える場合も同様である。還相の菩薩が私に、阿弥陀仏の心を作願せしめているのである。なぜ愚かな私に阿弥陀仏を思う心が生じるのか。還相の菩薩の種々の方便によって、私の心に阿弥陀仏を念ずる心が生じるからであるといわねばならない。このように、私の念仏の全体を還相の菩薩がなさしめている利他行だと信知する心が、ここに生じることになるのである。
 
 このように見てはじめて、浄土の教えが身近に感じられることになるのではなかろうか。私たちは、阿弥陀仏によって救われると教えられている。けれども阿弥陀仏はやはり、私にとってははるか彼方にまします仏でしかない。十劫の昔に法蔵菩薩が阿弥陀仏になり、その南無阿弥陀仏によって救われるから有り難いといわれるが、現代ではとくに実感はし難い。それは阿弥陀仏を誰も知り得ないからである。だからこそ、釈尊が生まれたのだといわれるが、それもまた二千五百年も前のことである。
 それは、親鸞・蓮如の遠忌法要にしても同様で、正直、直接会うことがなかった人々に対しては、感激は湧き難い。けれども、もし自分の身近に亡くなった人、そういう人が浄土に生まれて、いま私の念仏となって輝いているとなるとどうか。私の念仏が、亡くなった親によって支えられている、そのような実感が生じると、この念仏は非常に温かいものとなる。私たちにとって宗教は、心を癒し潤すような温かいものでなくてはならない。そしてその暖かさが、具体的にわかることが必要である。そうすると、亡くなった親であれば、私とともに一生懸命念仏を称えてくれている、と思うことは可能である。その姿を具体的にイメージすることも出来るし、温かさにも触れることができる。
 浄土真宗では、先祖崇拝を否定的な面でとらえることが多いが、親が、そして先祖の全体が、いまこの私に何をしているかを、もし具体的に味わうことができれば、それは素晴しいことになるのではなかろうか。私達が、仏壇に向かって手を合わせる、そこに還相の菩薩としての先祖のすがたを見ることが出来れば、阿弥陀仏についての難しい説法よりも、よほど身近に、仏壇に温かみを感じ得るのではなかろうか。
 親鸞の教えは、非常に厳しく難しいが、その中に温かさが含まれている。回向の思想がそれであるが、殊に還相の回向において、親鸞自身が礼拝の中に、浄土に生まれた菩薩が親鸞をして礼拝せしめているすがたを見ている。南無阿弥陀仏を称えることにおいても、浄土に生まれた菩薩が親鸞をして礼拝せしめているすがたを見ている。南無阿弥陀仏を称えることにおいても、浄土に生まれた菩薩ががこの私を讃歎せしめていると捉える。そして、作願においても観察においても同じような表現がとられる。このことは、私が称えている念仏の全体が、還相の菩薩によって称えさせられていると受け止めることになるが、そうすると私たちが念仏と関わっている、まさにそのことが先祖や父や母によって伝えられた法となり、温かい念仏の世界に触れることになるのである。だからこそ念仏者は、その法を喜びをもって、人々に温かく伝えられることになる。この大悲の行の躍動のすがたが、つまるところ『教行信証』の構造ということになる。
 このように見ると、「信巻」から「証巻」への流れは同時的である。そしてその「証巻」の中で、往相の回向の証と、還相の回向の証が明かされる。往相回向の証とは、往相回向の教・行・信の帰結であり、還相回向の証とは、もちろん獲信の念仏者の還相の回向の証であるが、この世の念仏者は未だ死んではいないので、関係はない。それ故に還相の問題は既に往生した人々が、この現実の私にどうかかわるかが問題になる。


8.『信巻』の序

 浄土真実の行は、獲信の念仏者のみが実践し得るということが明らかになった。ではその獲信とは何かがこれからの問題となる。
そこで、『信巻』を問題にするのであるが、まず『信巻の序』に注目してみたい。ここは
それおもんみれば、信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起す。真心を開闡することは、大聖矜哀の善巧より顕彰せり。
の文に始まるのであるが、獲信とはこの「信楽を獲得する」ことを意味し、その獲信は、私自身が一心に阿弥陀仏の法を聞くという、聞法によって、私がその心を得るのである。「真心を開闡する」場合も同じである。真実の心を広くのは、どこまでも私自身である。獲得するのも開闡するのも私自身であって、私の主体がまさにここに関わっている。私の主体を除いては獲信はありえないのである。何もしないで獲信するのではなく、みずからが一生懸命に阿弥陀仏の本願と関わって、はじめて信心の獲得が可能となる。ただしここで重要なのは、確かに私が獲得し、開闡するのであるが、その獲得も開闡も「如来選択の願心より発起す」「大聖矜哀の善巧より顕彰せり」という点を見落としてはならないということである。
 私たちの自覚内容からすれば、自分が獲信するということは、自分の意識の問題である。自分の意識で行じ信を得るのである。けれども、重要なのは、その信を得た瞬間に何がわかるかということである。それは自分が自身の力でつかんだのではなく、阿弥陀仏から与えられ、その真理が釈尊によって明かされたのだということがわかるのである。親鸞は、自らすすんで信を得ることを「せよ」「すべし」という言葉でもって積極的に評価している。けれども同時に、信楽を獲得すると捉えながら、しかもその全体を選択の願心より発起するのだともうけとめている。つかむことによって、逆に如来に摂取されている自分を知るに至るのである。開闡する場合も同じである。そしてその心こそ、釈尊の巧みな説法によって、開かれたのだと信知するのである。
 それをもし、どこまでも自分自身の力で得たのてだと解すると、そこには傲慢さが現れることになる。この心こそ逆に、自性唯心に迷い沈む心になるのである。
 次に「ここに愚禿釈の親鸞、諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く」という文に注意してみたい。ここでは「一心の華文」とは何かが問題になる。「信巻」の一つの中心問題は、三一問答だと言われている。この三一とは、三心と一心の関係を意味している。周知のように第十八願で阿弥陀仏は「至心信楽欲生」という三つの心を誓っている。この至心信楽欲生の三心によって、一切の衆生を往生せしめようと誓っているのである。ところが、天親菩薩はその本願の心を『浄土論』で「世尊我一心帰命尽十方無碍光如来願生安楽国」と「一心願生」と捉えたのである。
 そうすると、本願には三心による往生が誓われていながら、天親の『浄土論』では、一心による往生が説かれたことになるので、この三心と一心の関係はいったいどうなるのか。本願の心と、『浄土論』の思想は矛盾するか、しないかが親鸞にとっては、一つの大問題となったのである。ところが、その疑問が「諸仏如来の真説に信順して、論家・釈家の宗義を披閲す。広く三経の光沢を蒙りて、ことに一心の華文を開く」ということで、釈尊や七高僧の教えによって解決されたというのである。「一心の華文を開く」というのが三一問答の結論であるが、それは天親の一心願生の意味が明らかになったということである。
 では、次の文。「一心の華文」を開いた後に、しかも「しばらく疑問を至してつひに明証を出す」と述べるのはどういうことであろうか。一心の華文を開いたが、その奥でまだ疑問が残っていた。だがその疑問が今やっと根本的に解決をみた。それが「明証を出す」という言葉になるのである。では、その「疑問」とはいったい何であったのか。


9.『信巻』の流れ

 ここで、『教行信証』の「信巻」の流れを一瞥してみたい。「信巻」は全体を大きく次の四つに分けてとらえることができる。
一、「大信心」についての親鸞の解釈の部分
二、「本願の三心」を問題にする部分
三、「獲信者の心」を問題にする部分
四、本願に誓われている「唯除」を問題にする部分
この第一の部分の結びが、「若しは行若しは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふ所にあらざることあることなし」という言葉になる。私たちの往生の因の一切は、阿弥陀如来の願心の回向による。その本願力を除いては何もありえない。行も信もすべて、阿弥陀仏の回向によっていただくのだと「大信心」が結ばれるのである。そしてその次に、本願の三心と『浄土論』の一心についての問答が始まる。それが第二の部分になるが、その問答は二つの部分から成り立っている。一つは字訓釈、もう一つは法義釈と呼ばれている部分で、これがいわゆる三一問答といわれる箇所である。
 まず「字訓釈」であるが、ここは本願に誓われている「至心信楽欲生」の三心の文字の意味について、至心とは何か、信楽とは何か、欲生とは何かと、その言葉の意味が説明される。そして最後に親鸞はその言葉の意味の全体をまとめて、これらの言葉はつまるところすべて真実清浄というひとつの心になってしまうと結ぶ、本願には「至心信楽欲生」という三つの心が誓われているが、その三心はすべて真実清浄の疑蓋無雑の一心である。至心も疑蓋無雑であり、信楽も疑蓋無雑、欲生も疑蓋無雑であるから、本願の三心はもともと真実清浄の一心である、とらえたのである。
 ところで、今日の宗学では、例外なくこの「疑蓋無雑の心」を、衆生が疑いなく本願を信じる心だと、この疑蓋無雑を衆生の心として解釈している。だが、親鸞はそのように解釈してはいない。阿弥陀仏が本願に誓われた如来の心としている。この疑蓋無雑の「疑蓋」とは人間の煩悩心のことである。したがって、「無雑」とは、どのような疑蓋だらけの人間の心が、阿弥陀仏の心に入ったとしても、阿弥陀仏の心はどこまでも真実清浄であって、その不実性は何ひとつ混じらないという意味になる。阿弥陀仏の心は、私たち人間の心の影響を全く受けないのである。どのような穢悪汚染・虚仮不実の心が入っても、阿弥陀仏の心はびくともせず、常に真実清浄な一心だというのである。
 ところで、三心はすべて清浄な一心なのであるが、その字意をうかがうと、至心と欲生の意味が信楽という言葉に含まれていることが知られる。そこでもしこれられの三心を重ねると、信楽という言葉に重なってしまう。字訓釈はこの点を証明するのである。このように見ると、三心とはもともと真実清浄の信楽というひとつの心だということが知られる。そこで天親菩薩は、菩薩の目でもってその本願の真意を見抜き、私たち愚かな衆生のために浄土への往生は、ただ阿弥陀仏を信じ一心に願生すればよいのだと教えられたのである。
 なぜなら私たち愚鈍なる者が本願をうかがうと、そこにはどうしても三心が誓われているとしか見えない。そしてその三心についてはからいを加え、かえって迷ってしまうのである。そこで天親が私たちのために、この三心は詰まるところ、清浄なる一心である。だからこそ衆生は、ただひたすら一心に願生すればよいと、教えられている。天親の「一心」は、本願の三心はもともと一つの心であることを、天親が証明したのだと親鸞はとらえたのである。
 では法義釈では何が問題となるのか。今度は逆に、それであれば本願になぜ三心が誓われているかが問題になる。すなわち阿弥陀仏は本願に一心を誓えばよいのに、なぜ本願に三心を誓ったのか。その仏意は何かが次の問題となるのである。
ここで親鸞は、仏の心はよくわからない。けれどもひそかにうかがってみると、至心とは真実の心のことである。私たち衆生には真実の心は何ひとつ存在していない。そこで迷い続けるのみなのであるが、この何ひとつ真実の心がない衆生をただ一方的に救うために法蔵菩薩が兆載永劫の修行をしたとき、全くひとかけらの不実も混じらない真実の心を成就したのである。不実の衆生を導くためには、無限の真実の心を阿弥陀仏は成就せねばならなかったからである。
信楽とは、阿弥陀仏のさとりのよろこびの心を示すのであるが、そのような悟りのよろこびの心など、本来的に衆生にあるはずはない。そこで阿弥陀仏がその衆生を悟らしめるために、この信楽をも阿弥陀仏の側で成就したのである。欲生も同じである。浄土に生まれるためには、衆生が一心に浄土への往生を願わねばならないのは当然である。けれども愚かな凡夫には、本当に真実の心で浄土に生まれたいと願う心さえもありえないのである。そこで欲生心もまた、阿弥陀仏の側で成就し、念仏を通して、「来れ」と呼んでいる。南無阿弥陀仏がそのすがたである。このようにみると、至心信楽欲生の三心はすべて、この南無阿弥陀仏に全く重なることになる。なぜ、念仏の衆生が摂取されるのか、弥陀は名号を通して、衆生を救う心を回向しているからである。
 まさしく阿弥陀仏の大悲が名号となって衆生の心に来っている。阿弥陀仏から名号が回向される。それは阿弥陀仏からの呼び声であるが、単なる声がきているのではなく、ここに阿弥陀仏の大悲心そのものが来っているのである。だからこそ親鸞は、南無阿弥陀仏を獲信するその場を押さえて、「この行信に帰命せよ」と述べるのである。私たちは名号のはたらきを聞き信じるのてあるが、名号を聞き称えるということは、阿弥陀仏の大悲心が今まさに私の心に満ち輝いていることを信じることになるのである。
 さてここで私の獲信がが問題になる。親鸞は「名号と信心」の関係について、「真実の信心は必ず名号を具す。名号は必ずしも願力の信心を具せず」と述べる。真実の信心には必ず、すでに名号を具しているとする。ここは一般的に、信心を得れば必ず名号が称えられると解されているのであるが、それは逆であって、信心とは阿弥陀仏の名号が私の心に来っていることを信知することであるから、信じるそのときには、すでに必ず名号が私の心に入っていなければならないのである。だからこそ、真実の信心には必ず名号を具すというのである。
 ところが、名号は必ずしも、願力の信心を具していない。なぜかというと、獲信していない衆生は、未だ本願の真実に出遇っていないので、その衆生がいかに一心に念仏を称えたとしても、その名号には阿弥陀仏の願力は具していない。名号は弥陀の願心そのものだという真理を、この衆生は知りえていないからである。
 真実の信心には必ず名号を具している。けれども名号には必ずしも願力の信心を具していない。これはいかに一生懸命名号を称えたとしても、もし本当のところ、本願の心がわかなかったならば、その念仏者は未だ本願の心は具していないということであるが、だからこそ、獲信の念仏者は頂いた名号を本当に喜ぶことが出来るのである。この獲信の念仏者を親鸞は、真の仏弟子と呼ぶ。そしてその真の仏弟子の姿を、親鸞は法然の上に見たと考えられる。
 しかもこの本当に念仏を喜んでいる、その念仏者は弥勒と同じだ。だからこそ、真の仏道を歩むことができるのだととらえる。このような流れから、三心の真実を聞いて信の一念を得た者は、すでに名号を具している。名号の真実が明らかになっているから、その名号の真理を真に伝えることができる。この念仏者こそ、大悲の実践者であり真の仏弟子である。このように真の仏弟子を明らかにしているのが、「信巻」である。端的にいうならば、「信巻」とは獲信の構造を説いて真の仏弟子を明らかにしているといいうる。


10.唯除の誓い

そこで「信巻」の結びが真の仏弟子になるのである。
普通の宗教書であれば、いま真の仏弟子を語っているのであるから、その真の仏弟子こそ本願の救いを聞いた親鸞自身に帰結であるといわねばならない。したがって真の仏弟子の結びは「慶ばしい哉」とならなくてはならないはずである。「信巻」は獲信の構造を説いて、それを明らかにして真の仏弟子とは何かを語っているのである。しかもそれを語っているのが親鸞なのであるから、当然「慶ばしい哉」、自分はこのように信心をいただいたと、その信を結ぶはずである。ところが実際は「悲しい哉」と、悲痛な叫びが示されている。すなわち、
まことに知んぬ、悲しき哉愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし傷むべしと
という言葉で真仏弟子釈は結ばれているのである。
 これはいったい何を意味しているのであろうか。ここで、第十八願の救いとは何かが、根本的に問いなおされることになる。阿弥陀仏はいったい誰を救おうとしているのであろうか。本願に「十方の衆生」と誓われていることから、阿弥陀仏は一切の衆生を救うのである。この一切の衆生の中には、外道ももちろん含まれている。当然のこととして、聖道の行者、第十九・第二十願の念仏者、そして第十八願の獲信者、これらすべての人々が救われるのである。第十八願の念仏者はもちろん、既に正定聚のくらいに住しているのであるから、救われる。外道は、未だ仏法を聞いていない者である。その外道もやがて必ず仏法を聞くようになるから、救われる。聖道の行者もいつかは十九願に転入して、十九願から二十願に転入、そして必ず第十八願に至ることになるので、いかなる者もすべて阿弥陀仏の本願に摂取される。これが第十八願の内容である。
 ただし、ただひとつだけ例外がある。その例外が「唯除」である。ここで、ただその者だけは除くぞと、本願に誓われているのである。
では、誰が除かれるのか。五逆罪を犯した者と、正法を誹謗した者を除くというのである。唯一除かれるのは、正法を誹謗する者になるのであるが、この正法を誹謗するというのは、外道を指しているのではない。外道は未だ仏法の真理を知っていない、訳もわからず罵っているだけであるから、これは真の意味で正法を誹謗したことにはならない。いつかはわかる時がくるはずであるから。
 では、真に正法を誹謗している者は誰か。正法の内容が完全に明らかになったにもかかわらず、しかもその正法が受け入れられず、その教を拒絶する者こそが、まさに正法を誹謗する者になるのである。それがいまの親鸞の姿になる。真の仏弟子の姿を知ることができたということは、阿弥陀仏の本願の内実の全てが明らかにわかってしまったということである。阿弥陀仏の大悲、名号の功徳、人はいかにして救われるか。このすべてがこのものに明らかになる。そうであれば当然のこととして、阿弥陀仏の法をよろこび、この世の虚仮不実性を厭い捨てなくてはならない。だからこそ、念仏の教えを聞き、喜んで真証の証に近付くのが真の仏弟子である。ところが、親鸞はそうではない。
 本願のすべてを聞いた上で、何を選んでいるか。愛欲と名利を選んでいるのである。真証の証に近付くことに心を向けないで未だ愛欲を求め、名利の方に魅力を感じているのである。ここにまさしく正法を誹謗している者の姿がある。したがって、たとえ一切の者が救われるとしても、ただひとり、親鸞だけは除かれるという事態が生じることになる。それがこの「悲しい哉」という悲痛な叫びである。ではこの「悲しい哉」の叫びと、「唯除」の誓いは、どのように関係しあうことになるのであろうか。ここに「信巻」の最も重要な問題が潜んでいることになる。この疑問を解く鍵が、これに続く「逆謗摂取釈」にあるといえる。引用される「涅槃経」の中で、この問題が根本的に解決されのである。
 最終的に親鸞は何に気付いたのか。結局人間は、どこまでいっても愚かであって、臨終の一念までその愚かさを払いさることができないということがわかったのである。けれども、その迷い苦しむ愚かな人間を救うのが、まさに唯一阿弥陀仏の本願力だけだということも同時にわかるのである。したがって、本願の救いは、愚かさや苦悩が破れた者の救いではなくなる。むしろ自分の根源的な愚悪性が明らかになる。その愚かさに慚愧の心、無限の恥じらいをいただくところに、初めてそのものこそを救うという、本願の尊い呼び声が真剣に聞こえてくるのだといえる。ここに「唯除」を誓われた阿弥陀仏の本願の重さが知られる。
私たちのすがたは、愚かな自分が自分の側で善悪の判断の基準をつくる。そして救われるとか救われないとか計らうのであるが、この愚悪なる衆生に対して「唯除」の誓いは、その罪の深さを知らしめ、「はからいを捨てて本願の声を聞け」という仏の最後の叫びになるのである。罪の深さを示して、おまえこそを救うというのが、この唯除の言葉になるのである。それ故にこそ、親鸞はおまえのみを除くという言葉を通して、親鸞ひとりがための阿弥陀仏の本願に真に出遇うことになるのである。
 これが三一問答によって開かれた、一心の華文の後に残った「しばらく」の疑問である。一心の真理がわかっても愚かさが残る。そのどうしようもない自分への疑問、「しばらく」の疑問とは、完全に救われていながら、しかもなおその教えに歓喜できない自分に対する「もどかしさ」だといえるが、結局、よろこび得ないのが凡夫だという、この凡夫の本質を親鸞は見るのである。
この点は、よろこび得ない凡夫をそのまま救うという『歎異抄』の第九条の思想と重なることになるが、この救いには、実は浄土真宗の教えの根本が語られているとも見なすことができる。では、獲信の念仏者とは何か。凡夫の真の姿を知り、念仏とは何かを説く。そこに大悲を実践する念仏者の道がある、といえるように思われる。




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