法 話

-心のともしび(2007年)-


1月:平凡な日暮らしも当たり前ではない

 私たちは日本人の平均寿命が世界でも上位であることを知っていますので、自分の健康に特に問題がない時は、毎日朝を迎えることについて特別な感情を抱くことはありません。また、テレビや映画でドラマチックな人生を生きている人を見ると、そのような生き方に憧れたり、自分の人生が平凡であることにつまらなさを感じたりすることがあります。

 それは、きっと生の側から死を「曖昧なもの」として、漠然としか感じていないために、今日という一日の大切さを実感できていないからではないでしょうか。「死の自覚が生への愛だ」と言われますが、死を他人だけのものではなく「私のこと」として自覚することが出来なければ、今日が決して平凡な一日ではないということになかなか気付き得ないものです。

 時折「死んでも死に切れない」という言葉を口にしたり、耳にしたりすることがあります。例えば「あなたは百歳まで生きる」という保証をされていたのに、九十歳になった時に「残念ですが、あなたの命はあと一年…」とか言われたのならその言葉にも頷けますが、誰もそのような保証をしてくれる人はいませんし、またされる人もいないのです。

 むしろ「一寸先は闇」いわれるように、私の未来に待ち受けている確実な事実は「私の死」だけで、それ以外はすべて不確かに包まれています。そうすると、私たちは常に「死に切れるような今を生きていますか」ということを問われているのではないでしょうか。平凡に思えるこの瞬間も、「尊く大切な今」なのだといえます。


2月:もったいない 
MOTTAINAI

  

 私たちは「自分のいのち」ということを考える時に、無意識の内に「私のいのちは、私のものだ」という見方をしてしまっています。けれども、果たして本当にそうだと言えるのでしょうか。もし私のいのちが私のものであるならば、もっと私の自由に出来るはずです。

たとえば、いま私が財布にお金を持っていても、それが誰かから預かっているお金であれば…、つまり持ってはいても自分の自由に出来ないお金であれば、私のものではありません。私がどのように使っても、誰からも文句を言われないお金である時に「私のお金だ」と言えるのです。このように、私が自由に出来てこそ「私のいのちだ」といえるのではないでしょうか。

 ところが、私のいのちは先ず生まれて来る時から性別・時代・環境など何一つ自由ではありませんでした。私が望んだ訳でもないのに、気がついた時には、既に今の私の全てが与えられていたのです。そして、また死ぬときも決して自由ではありません。「死ぬときまでは元気で、死ぬ時にはあっさりと楽に死にたい」と思っていても、なかなかそう上手くはいきません。たとえ自殺を図ったとしても、条件が整わなければ未遂に終ることもあります。統計によれば、自殺を図って実際に亡くなった人は四人に一人の割合なのだそうです。したがって、決断して実行さえすれば必ず死ねるとは限らないようです。もちろん生きている間も、私の日々の生活は全くと行ってよいほど私の自由にはなりません。

 このように、生まれてくる時も自由ではありませんし、日々の歩みも自由ではありません。そして、死ぬときもまた自由にはなりません。まさに、私のいのちは私の思い通りになるいのちではないのです。よく「自分のいのち」と言いますが、実は私が生きているこの「いのち」は、私の思いをはるかに超えた、私の思いよりもはるかに深く広いいのちに支えられて生きているのです。そうであるにもかかわらず、私たちは自分のいのちを自分の思いだけで生きようとし、それが思い通りに行かないと、いつしか自分だけの思いの中に閉じこもってしまいます。

 あなたは、「自分のいのちは自分だけのものだ」と錯覚したまま、その一生を終えますか。それとも私の思いよりもはるかに深く広いいのちを与えられたことに目覚め、そのいのち代表として、共に生きることを願いますか。この私のいのち中には、海の大地の無数のいのちが共に生きています。その無数いのちに支えられ、共に生きていることへの自覚と、「この人生を決して空しく終ってはならない」という責任感から発せられる言葉を「もったいない」と言うのだと思います。


3月:
彼岸を仰ぎながら 此岸に生きる

 彼岸(仏さまの世界)、つまり浄土とは、死ぬことや死後の苦しみが恐ろしくて、それから逃れるために求める世界ではありません。また、彼岸に対して此岸と言われる私たちのこの世の中は自分の思い通りにならないことばかりに満ちていますが、だからと言って生きている間はそれは仕方のないことだとして不都合なことは我慢したりしているけれども、死後に「極楽」といわれる浄土に生まれることにおいて、楽しみに満ちた生き方を実現したいと願う在り方は、かえって迷いの中に陥る在り方にほかなりません。

本願寺第八世の蓮如上人も「極楽は楽しいところだと聞いて、生まれたいと願い望む人は、極楽に生まれて仏さまになることはできない」と注意しておられます。死ぬことや死後への恐怖、また現実の苦悩から逃げ込む場所として浄土を求めるような生き方は、自分の夢の満たされる世界として浄土を求めているだけのことに過ぎないからです。

 親鸞聖人は、私たちの身の事実を「地獄一定」と言われます。なお、ここで語られる「地獄」とは、どこか遠くの世界のことではなく、「地」は私の生命の存在の根底を意味し、「獄」とは「自在を得ず」ということを意味しますから、私たちが逃れることの出来ない現実世界を「地獄」という言葉で言い表しておられる訳です。

私自身の絶対現実を一点の妥協もなく見つめると、欲望、怒り、そねみ、妬み、腹立ち、愚痴などの煩悩に満ちあふれ、しかもそれらの迷いは臨終の瞬間まで消えることはありません。そうすると、私の身の事実はまさに「地獄一定」といわれるような中を生きているのですが、にもかかわらずその事実にさえも気付かないままに、現実の苦悩と死後の恐怖に縛られ、それからの逃避を模索しているのが偽らざる私の事実だといえます。

浄土の教えに出会い、浄土に目覚めた人は、自らが限りなく深い煩悩の身であることを自覚すると共に、その煩悩の身のままでたしかに生きていく、そういう光を与えられ、人間としての本当の勇気、ほんとうの智慧というものが開かれて行きます。したがって、この世が辛くて苦しいから逃げ込む世界として彼岸を求めるのではなく、真実の世界として彼岸を仰ぐところに、この苦悩に満ちた此岸を生きる勇気を頂いていく生き方があるのだといえます。


4月:あたり前の中に 大切なことがある

今年の1月下旬、文部科学省が実施した全国の小・中学校の学校給食に関する実体調査で、2005年度の滞納総額が22億円を超えていたことがわかり、そのことがテレビ・新聞で大きく取り上げられていました。報道によれば、文科省が実体調査を行ったのは、滞納が目立っているとの指摘が各方面から寄せられたためだそうです。また、児童・生徒数から計算すると、100人に1人が滞納している結果になるのだそうで、確かに指摘がなされるのもわかるような気がします。

 ところで、驚いたのは滞納原因として約60%の学校が「保護者の責任感や規範意識」をあげ、やむを得ないと思われる「保護者の経済的問題」(33%)とする見方を大きく上回ったことです。もちろん、経済的に余裕があるにもかかわらず払わないのか、困窮していて本当に払えないのか、家庭に立ち入って資産状況を調べる訳にはいかないので、その線引きについては難しい面もありますが、少なくとも学校側は滞納家庭の3人に2人は「払えるのに払わない」ケースだと考えているようなのです。

 この「払えるのに払わない」理由として、教育関係者は「親が学校や教師を尊敬しなくなっている状況が背景にある」と見ているそうですが、ささいなことで親が学校に苦情をいうケースも増えて来ており、まさに「自分勝手な親が増えていることが、給食費の滞納額の増加と重なっているようだ」とも付言しています。

 ではその一方で、給食費を支払っている親には何の問題も見られないのかというと、今度は「うちの子はちゃんと給食費を支払っているのだから、給食の時間にいちいち『頂きます』などと、手を合わせて言わせたりしないでほしい」と主張する親がいたのだそうです。「お金を払っているのだから、食べるのは当然の権利。いちいち手を合わせて頭を下げる必要なんてない!」ということのようですが、果たして本当にそういうものなのでしょうか。

 「お蔭さま」という言葉があります。私たちは見える部分だけではなく、むしろ見えない陰の部分に思いを寄せて、そのご恩を心身で感じ取ることの大切さをこの「お陰さま」という言葉で味わって来たのではないでしょか。捧げられた「いのち」そのものに対して、あるいは土・水・光などの自然の恩恵、そして食事を作って下さった方への感謝の思いを「いただきます」「ごちそうさま」の言葉で言い表してきたのだといえます。まさに、日々の生活においても「当たり前」と思っていることの中に、大切なことがたくさんあるのではないでしょうか。


5月:
世の中安穏なれ

 「安穏なる世の中」とは、いったいどのような世の中なのでしょうか。また、この「安穏」という言葉に託された願いは、この地球上から戦火が途絶え、人種、民族、宗教、男女などの様々な違いを超えて、誰もが等しく仲良く暮らせるような争いのない穏やかな世の中になることだけなのでしょうか。

 この六十年余り、少なくとも私たちの国は外国と正面だって交戦することもなく、部落差別をはじめとする不当な差別解消への取り組みがなされ、男女間の格差も共同参画社会の実現を目指すことで解消しつつあります。

 そのような意味では、「安穏なる世の中」に近づきつつあると言えなくもないのですが、果たして現実の社会において私たちはそのことを実感出来ているでしょうか。これまでには考えられなかったような凶悪な事件が次々と起こり、親が自分の子どもを虐待したり、殺したりするような痛ましい事件さえ頻発しています。

 そうすると、安穏なる世界などいつまでも訪れることはないのではないでしょうか。実は、ここで言われる「安穏なる世の中」とは、決して何の問題もない、私を苦しめる何ものも存在しない、私がのんびりと暮らせる世界を意味しているのではありません。

 たとえ状況としては、どれほど辛くても苦しくても、私が私のままに受け止められる、同時に私も周りの人をあるがままに受け止めることが出来れば、安心して生きていくことが出来るように思われます。例えば、嬉しいことがあってもそれを伝え聞いてくれる誰かがいなければ少しも嬉しくはありませんし、反対にどれほど悲しくても寂しくても話を聞いてくれたり、理解してくれる仲間がいれば、また何度でも立ち上がって行けるものです。

 安穏なる世の中は、どこか遠いところにあるのではなく、共に生きる仲間を見出すところに実現していくのではないでしょうか。


6月:
渇いた大地に雨 渇いた心に法雨

経典に「降る雨は同じであっても受ける草木によって異なる」という言葉があります。これは、『すべての人々を我が子のように等しく慈しむ仏の大悲は平等であるが、人びとの性質の異なるのに応じて、その救いの手段には相違がある。ちょうど、降る雨は同じであっても、受ける草木によって、異なった恵みを受けるようなものである』という経文の一節です。

また、経文には「牛水を飲めば乳となし、蛇水を飲めば毒となる」という言葉もあります。水は私たちの生命を保つ一つの根源です。清らかな水を飲み、生物は生きているといえます。ところが、同じ水を飲みながら、牛が飲めばその水が乳となって他のものを生かし、蛇が飲めば毒となって、他のものを殺してしまいます。同じように『一つの教えを聞いても、もし智者が学べばこの教えが覚りに導くが、愚者が学べば同じ教えがそのものをかえって迷わせてしまうことになる。だからこそ、人は仏法を一心に学び、その教えにしたがって、過ちのないように行道に励むことが大切なのだ』と説かれるのです。

渇いた大地に雨が降り注ぐように、私たちの渇いた心に仏さまの教えの雨は降り注いでいます。けれども、その「渇き」が自分の欲望を満たすことや、楽しい生活が出来る方法を求めるものであると、せっかくの仏法の雨も私たちの心を潤すことなく、ただ心の表面を流れ去ってしまいます。

私たちは誰もが老い、病を得て、死んでいくのですから、地位・名誉・財産などの幸せを手にしたとしても、所詮それは一瞬のことに過ぎず、それらは自らの死によってすべて粉々に打ち砕かれてしまいます。

私たちがこの人生において「問うべき問い」とは、「死によっても砕かれない確かな幸せとは何か」という問いであり、そのような真実を求める心の渇きを、仏さまの教えは潤して下さいます。


7月:他力 私を支える仏の力

  よく「他力」という言葉を「他人まかせにする」、「他人をあてにする」という意味で一般的に使われていますが、本来他力という言葉はそのような意味で使うのではなく、「私が成仏するかどうか」という時に語られる言葉です。

  親鸞聖人によれば「色もなく、形もなく、言葉で言い表すことも、想像することも出来ない」、「如」と言い表される真実なる存在が、生きとし生けるものに対して、自ら「南無阿弥陀仏」という名をなのり、「仏の国土に生まれたいと願い、南無阿弥陀仏と称えよ」と呼び続けていて下さるのだそうです。

  そして、その仏さまのみ教えに出遇う者は、厳しい修行を行うことによって自ら迷いを断ち切るのではなく、仏さまの側からの「念仏せよ、救う」と誓われた尊い願いのはたらきによって、間違いなく仏と成らせて頂けるのです。この願いの働きのことを、「他力」あるいは「本願力」というのです。

  そうすると、他力とは世間一般で誤解されているような「他人まかせ」のことではなく、迷いのただ中にいる私を救うはたらきのことであるといえます。言い換えると、私の身の事実に目覚めさせると共に、真実を喜ぶ心を起こさせて下さる願いのはたらきのことであると言えます。

  また、この仏さまの願いとは、私たちが日頃考えているような「病気が治りますように」とか「(自分勝手な)願いがかないますように」という自己中心的なものではありません。煩悩にまみれ、自己中心的な生活を送っているこの私を「間違いなくお浄土にまれさせずにはおかない」と、まさにこの私のために誓われたものに他ならないのです。

  また「他力」という言葉は、「他者をあてにすること」という意味に理解され、消極的なあり方として否定的に用いられています。確かに、自分は何の努力もしないで他人の力をあてにすることはあまりほめられたこととはいえません。

けれども、よく考えてみますと他者をあてにしているのは私なのですから、やはりそれは「自力」だと言えはしないでしょうか。つまり、他者をあてにして「何もしない」ことを「している」のはこの私自身なのですから。

  ところで、この「他力」という言葉が誤解されている一番大きな理由は、言葉の主体者が私だと誤解されていることに起因していると思われます。実はこの言葉の主体者は、私ではなく仏さまなのです。したがって、この言葉は「仏さまが他(である私たち)を救うはたらき」を意味しているのです。

  「他力」とは、「流転」といわれるような、いつ始まったのかそしていつ終わるかわからない、しかもいま自分がその迷いの只中をさまよい続けていることにさえも気付かない私を、私が願うに先立って、願うと願わざるとにかかわらず、既にして「念仏せよ、救う」とよびかけて下さる尊い願いのはたらきを意味しています。このような意味で、「他力」とはまさに「私を支える仏の力」であると味わうことができるのではないでしょうか。

 私が願うに先立って、既にして私を願いの目当てとし、私を支えて下さる無限なる働きを、「他力」という言葉で味わい、喜んでいきたいものです。


8月:平和のためにと戦いが続く なんと愚かなことか

   「善人ばかりの家庭では争いが絶えない」という言葉があります。一瞬、どうして?と首をひねってしまう言葉ですが、争いをしている時のことを考えてみると、確かにそうだなと思わずにはおれません。

  何らかのことで言い争うとき、私たちはいつも無意識の内に「自分は正しくて、相手は間違っている」ということを前提にして、自分の正義を主張しています。けれども、争っている相手の人も同じ思いの中で自らの正義を主張しますので、そこに「争い」が生じてしまうことになるのです。

  そうすると、「争い」とは悪と悪とのぶつかり合いではなく、実は善と善とのぶつかり合いであると言えなくもありません。そして、正義の行いであると信じる思いが強ければ強いほど、その主張は激化していきます。

  したがって、たとえそれがどれほど素晴らしい主義・主張であっても、そこに自分を見つめる視点を持たない在り方は、必ずひとりよがりの「独善」に陥る危険性を孕んでいます。それは、そこに掲げた事柄が「平和」という崇高な理想であっても、何ら変わることはありません。

  なぜなら、それを行うのはあくまでも「死ぬ瞬間まで迷いの消えることのない」凡夫の私だからです。現に、世界中を見渡してみると「平和のために」と、自らの正義を掲げて、そこでは悲惨な戦争が行われています。それは「平和」を掲げようと「愛」を掲げようと同じことです。

  「戦争」そのものが、愚かな行為なのです。それなのに、そこに「平和」を掲げると、あたかも戦争が内包している悲惨な事柄がかき消されるかのように錯覚してしまうことがあります。経典には「生きとし生けるものは、すべて自らのいのちを愛して生きている」と説かれています。

  改めて、いかなることを正義の旗印に掲げようと「戦争」とはいのちを奪い取る愚かな行為に他ならないことを見据えていきたいものです。


9月:浄土 帰る家のあるありがたさ

一般に、長期であっても短期であっても、旅をすることが好きな人はとても多いようです。そういえば、よく旅行から帰って来た人が、「あ〜、今度の旅行、とても楽しかった。また行きたいねぇ〜。でも、やっぱり我が家が一番!」といったようなことを口にするのを聞くことがあります。  それは、旅先のホテルや旅館が、どれほど素晴らしい施設であったり、心を込めたもてなしをしてくれたとしても、やはり私の家ではありませんし、またそこから無事に自分の家にたどり着けるという保証もありません。そのため、心の奥底では緊張の糸が張りつめているので、心底くつろぐことが難しいのですが、自分の家に帰って来ると、一切の緊張の糸がゆるんでホッとするので、思わず「我が家が一番」と感じてしまうのです。

まさに、「旅は帰れる家があるからこそ、楽しい」のです。帰る家のない旅を「放浪」といいます。今夜は泊まる家があったけれども、明日以降はあてがない、という旅は本当に不安だと思われます。

私たちの人生も、しばしば旅をすることにたとえられます。既に気がつけば、今こうして生きているわけですが、そうすると私たちは「人生という旅」の途上にあるのだと言えます。そこで考えて頂きたいことは、あなたはもういのちの帰って行く世界を見出していますか、ということです。もし、いのちの帰って行く世界がわからないままに生きているとしたら…、それはまるで放浪みたいな人生だといえはしないでしょうか。

いのちの帰って行く世界をもたない人生には、しばしば死の影が舞い降りてきます。ちょっと病気をすると「死ぬのではなかろうか?」と不安になったり、上手くいかないことが続くと、「先祖の誰かが迷っているのでは?」とか「何かの霊に取りつかれているのでは?」と恐れたり、「日の善し悪しは大丈夫か?」とか、「方角は間違っていないか?」といったことが気になったり、その結果毎朝新聞が来ると真っ先に「今日の運勢はどうだろうか?」とか、テレビのチャンネルを変えながら、自分の気に入る「今日の占い」を見るまでは落ち着かなかったりします。

そのような私たちに、南無阿弥陀仏は「あなたのいのちの帰ってくる世界はここだ。私の浄土に生まれたいと思うものは、南無阿弥陀仏と称えよ、必ず救う」と、呼びかけていて下さいます。

しかも、願うに先立って、願うと願わざるとにかかわらず、私のためにはたらいていてくださるのです。この教えを聞いて、いのちの帰る世界を浄土と見定めて歩き出す人生を「往生浄土」といいます。

  このいのちが、いったいどこに向かえばよいのかわからないままに迷い続けていた私が、尊いみ教えを聞いて、毎日一歩ずつ「浄土に往き生まれていく私」となり、この迷いのいのちの終わる瞬間に、成仏という形で往生浄土の歩みを完成させていくのです。


10月:
仏法は私の心を写す鏡

仏教を学ぶ場合、二通りの学び方があると言われます。一つは解学、今一つは行学といいます。

解学というのは、仏教を思想として学ぶことで、あえて言えば哲学といえます。「宗教哲学」という学問がありますが、仏教を哲学として学ぶ時には、仏や菩薩の悟りあるいは凡夫の迷いの内容を分析して、理論的に学ぶことが出来ます。つまり、自分の人生や生活とは無関係に、教理を客観的に学ぶということだけなら、どのような教えでも自由に学ぶことが出来るように思われます。

 これに対する行学、端的には「行を学ぶ」という場合は、なかなかそういう訳にはいきません。なぜなら、行学というのは自分の生き方を仏教に学ぶという在り方だからです。自分の生き方は、私の自由自在にという訳には参りませんので、同じように難しいのです。

このことについて、中国の唐の時代の善導大師という方は「もし行を学ぼうと思うのであれば、必ず待対の法をよりどころにしなさい」と教えておられます。ここで言われる「待対の法」とは「人間を待ち、人間にこたえる仏法」というような意味ですが、人間が仏法を待っているのではなく、仏法の方が人間を待っているのだと言われるのです。言い換えると、人間が仏法に従うのではなく、仏法の方が人間に従う。つまり、私たちが仏法を聞いてその教えに従って生きるというのではなく、私たち人間の生きている事実の方が先にあり、その悩んだり苦しんだりして生きている人間の問題にこたえるのが仏教だということを、善導大師は「待対の法」という言葉で教えて下さっているのです。

 そうしますと、真の意味で「仏法に遇う」ということは、私が理解する以上に、私の事実が既にこたえられていたという事実に気付くことだといえます。仏法の語りかけに耳を傾けると、そこで耳にするのは、私が今まで知らなかったことではありません。新しい教え、新しい言葉を知るのではなく、私の事実を言い当てている言葉がすでにあったということを知るのです。言うなれば、私を言い当て、その私にこたえる言葉に出会うということなのです。

 このような意味で仏法とは、日頃私たちが自分の姿を知りたい時には鏡の前に立つように、どこまでもこの私自身を言い当て、明らかにする鏡の役割を果たしてしてくれる教えだといえましょうか。


11月:私の安心はいつも一安心

  仏教では人間を「機」という言葉で呼びます。機とは「機微(きび)」、つまりかすかなものをもっているもの、意識よりももっと深いところにいのちそのものの願いを持っているもの、というような意味ですが、そのかすかなものが私たちの生活の中において、どのような形で一番具体的に現れてくるかというと、それは「不安」です。

  私たちは、生きて行く中で、誰もが何かしらの不安を抱えています。けれども、考えてみますと不安を感じるということは不思議な感じがします。なぜなら、こういう時には不安を感じるものだとか、不安はこのようにして感じるのだとか、誰かに教えられて不安を感じるようになった訳ではありません。それにもかかわらず、何かしら人生に対する不安を感じる時があります。

  思うに「不安」とは何かと言うと「今の在り方は確かか」という、問い返しなのではないでしょうか。それは、私の中に私の在り方を問い返す何かがあるということだと思います。したがって、何となく自分の生き方に不安を感じるのは、今の私の生き方に「それでいいのか」と、問いかけてくる何かがあるからに違いありません。

  ところが、私たちの日々の生活を振り返ってみますと、その問いかけの意味に気付くことなく、何とかその不安を感じないようにと、不安を消し去る努力を試みたりします。そこで、神仏に祈ったり、占いに頼ったりするなどして、不安を消そうとするのですが、どれほど一心に無病息災を願っても、時間の流れを止めることは出来ないのですから、不安を消そうとする努力は、所詮単なる気晴らしに終わってしまいます。なぜなら、時間を止められない以上、老いることも死ぬことも避けられないからです。したがって、たとえ不安が消えたように思っても、それは一安心に過ぎないです。

  考えてみますと、私たちは不安があるからこそ、真実の言葉に耳を傾けることが出来るのではないでしょうか。不安とは、私が感じようと思って意識して感じるものではありません。しかしながら、日々の生活の中で誰もが確かに感じるものです。それは、自らの力では意識出来ないような、かすかな「いのちの叫び」とでも言い表してもいいようなものですが、その事実に目覚めさせ、確かな問いを気付かせて下さるのが、仏さまの言葉、仏教の語りかけなのだと言えます。

  心の奥底から、私の生き方を問い返してくる力が「不安」だとすると、それを消し去って一安心することを求めるよりも、その不安があるからこそ、私たちは真実の生き方を求めることが出来るのだと仏法に耳を傾ける、そのどちらの生き方を選ぶかはあなた次第だと言えます。


12月:唯、念仏
弥陀の手の中

 南無阿弥陀仏という仏さはま、本来は「色もなく、形もなく、言葉で言い表すことも、思いはかることも出来ない真実なる存在(真如)」であると言われます。ところが、それでは私たちは全く受け止めようがありませんので、真如の方から「南無阿弥陀仏」という言葉となって、私たちにはたらきかけていて下さるのだとお釈迦さまは説いておられます。

 ところで、この南無阿弥陀仏という仏さまのはたらきを何とか言い当てようということで、様々な表現が用いられていますが、その一つが「尽十方無碍光如来」です。この中の「尽十方」とは、東西南北(及び北東・北西・南東・南西)、上下、つまりすべての世界にこの仏さまの光が満ち満ちているという意味です。

 ただし、たとえ世界中のすみからすみまで走り回って、なるほどどこへ行ってみても、確かに光は満ちていましたということを明らかにしたとしても、この言葉が単にそれだけの事柄を述べているのだとしたら、あまり意味のないことだと言わざるをえません。そうではなくて、「尽十方」という言葉には、光に会えるはずのないものが、そうであるにもかかわらず自分自身を光の中に見出したという感動がこめられているのです。

 したがって「尽十方」ということを証明するのであれば、世界中を走り回るのではなく、光から一番遠いところ、普通なら光が絶対に届くはずのないところ、照らされるはずのないところ、その一点において光の存在を証明すれば良いのです。まさに、届くはずのないところまで、その光は及んでいるということによって、その光が「尽十方」の光であることが証明出来るのです。

 つまり「尽十方」というのは、遠さの自覚によってのみも具体的にうなずかれる言葉だといえます。それ故、仏法からもっとも遠いものとして自分を見出したものが、同時にしかも既に光のうちに包まれている自分を知らされたという「歓喜」を物語る言葉なのです。

思うに「有り難い」という喜びの心は、このようにまでしてもらえるはずのない私だという恥じらいの心と、しかも今それをわたしは身に受けているという喜びの心、その二つの思いが同時にどこまでも深まっていく心だといえます。なぜなら、自分にはしてもらう資格がある、してもらって当然と思う心には、有り難いなどという思いなどおこるはずはないからです。

この「尽十方」の世界は、まさにこの「有り難い」世界、恥じらいの心と喜びの心が共に限りなく深められていく世界だと言えます。このことを親鸞聖人は「南無阿弥陀仏の尊い願いをよくよく思いはかると、この願いはひとえに私のような救われがたいものを救おうとするための、言うなればこの親鸞一人がための願いであったのだ」と嘆じておられます。この心の根底にあるのは「どのように学問に仏道修行に一心に励んでも、自身では迷いの心を断ち切れない、まさに悪業のみしか成し得ない自分」であることへの痛みと自覚です。

このように、どう考えてみても仏法の光に包まれるはずのないこの身であることへの自覚が、そうであるにもかかわらず今、南無阿弥陀仏の光に照らされているということを歓喜させるのです。思うに「弥陀の手の中」にある自分を自覚することも、具体的には聞法を重ね「唯、念仏」することによってのみうなずかれるのではないでしょうか。



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